糖鎖間相互作用が細胞膜を組織化する新原理を発見

糖脂質が微小膜領域を形成し、がんに関わるEGF受容体の活性を抑制

共同プレスリリース

【本研究のポイント】

  • 本研究では、これまで確認されてこなかった、同じ細胞膜上の糖鎖同士が弱く一時的に結合する現象「cis糖鎖間相互作用」を、生きた細胞膜上で直接捉えることに成功しました。
  • 糖脂質の一種であるガングリオシド(注1)は、この相互作用によって同種2分子からなる短寿命の二量体を形成し、コレステロールによって安定化された微小な膜領域をつくることを明らかにしました。
  • ガングリオシドGM3の二量体は、がんに関わるEGF受容体(EGFR)(注2)の糖鎖と相互作用し、EGFRの二量体化と活性化を抑制することが分かりました。
  • 本研究は、これまで主にタンパク質と脂質の相互作用によって説明されてきた細胞膜の組織化(注3)に、「糖鎖間相互作用」という新たな基本原理を加えるものです。さらに、一回ごとの結合は短寿命であっても、形成と解離を繰り返すことで、細胞膜の構造と受容体シグナルを持続的に制御できることを示しました。本成果は、糖鎖生物学に留まらず、膜生物学、受容体シグナル研究、がん研究、創薬研究への波及が期待されます。

【研究概要】

岐阜大学糖鎖生命コア研究所/国立がん研究センター研究所先端バイオイメージング研究分野の鈴木健一教授/分野長、岐阜大学糖鎖生命コア研究所の安藤弘宗教授、河村奈緒子准教授、沖縄科学技術大学院大学の楠見明弘教授らの研究グループは、京都大学、名古屋大学、神戸大学、中部大学との共同研究により、同じ細胞膜上の糖鎖同士が直接相互作用し、細胞膜を組織化する新たな原理を発見しました。さらに、この糖鎖間相互作用が、がんに関わるEGF受容体(EGFR)の二量体化と活性化を抑えることを明らかにしました。EGFRは細胞の増殖や生存を制御する受容体であり、その過剰な活性化は多くのがんの発生や進展に関係します。

細胞の表面は、多種多様な糖鎖で覆われていますが、同じ細胞膜上で糖鎖同士が直接相互作用し、膜の構造や情報伝達を制御するかどうかについては、長年、直接的な証拠が得られず、未解明のままでした。

本研究では、39種類の蛍光標識ガングリオシドを全化学合成(注4)し、1分子イメージングを用いることで、糖鎖同士が弱く一時的に結合する「糖鎖間相互作用」を生きた細胞膜上で直接捉えることに成功しました。さらに、この相互作用によって微小な膜領域が形成され、GM3の糖鎖とEGFRの糖鎖との相互作用が、EGFRの二量体化と活性化を抑えることを明らかにしました。一回の相互作用は約0.1秒と短寿命ですが、GM3ホモダイマーは形成と解離を繰り返しながらEGFRに何度も結合することで、受容体の不要な活性化を持続的に抑えていました。

本成果は、細胞膜の構造と情報伝達が、タンパク質や脂質だけでなく、糖鎖同士の弱く一時的な相互作用によっても組織化されることを示すものです。膜生物学と受容体シグナル研究の基本概念を広げるとともに、がんに関わるEGFRの新たな活性制御機構を明らかにしたことで、糖鎖を標的とする創薬研究への展開が期待されます。

本研究成果は、日本時間2026年8月27日にNature Communications誌のオンライン版で発表されました。

【研究背景】

細胞膜の微小領域形成や受容体シグナルの制御は、これまで主に脂質とタンパク質の相互作用を中心に研究されてきました。一方、糖鎖については、これまで細胞同士や細胞と病原体との間で働く相互作用を中心に研究されてきました。同じ細胞膜上で糖鎖同士が横方向に相互作用する「cis糖鎖間相互作用」は以前から提唱されていましたが、相互作用が弱く短寿命であるため、生きた細胞膜上で直接観測することは困難であり、その実態は未解明なままでした。  

また、糖脂質の一種であるガングリオシドは、細胞膜上で「脂質ラフト(注5)」と呼ばれる微小な領域を形成し、受容体の働きや細胞内への情報伝達を調節すると考えられてきました。ガングリオシドの一種であるGM3は、細胞の増殖やがん化に関わるEGF受容体(EGFR)の活性化を抑制することが知られていました。しかし、GM3が細胞膜上でどのような集合体を形成し、どのような仕組みでEGFRの活性を制御するのかは明らかになっていませんでした。そのため、cis糖鎖間相互作用が膜領域を形成し、受容体の活性を制御する可能性は、十分に検証されていませんでした。

【研究成果】

1.短寿命のcis糖鎖間相互作用を生細胞膜上で直接観察

本研究では、細胞膜上の糖鎖同士の相互作用を直接観察するため、主要な系列を網羅する39種類の蛍光標識ガングリオシドを全化学合成し、生きた細胞膜および組成を制御した人工脂質膜上で、分子を1分子蛍光観察(注6)によって追跡しました。その結果、調べたすべてのガングリオシドが、膜上を拡散しながら同じ種類の分子同士で一時的に結合し、短寿命のホモダイマーを形成することを見いだしました(図1a-c)。例えばGM3の結合寿命は約0.2秒でした。1分子FRET法(注7)によって分子同士が数nm以内に接近していることも確認され、単なる偶然の重なりではなく、直接的な分子間相互作用であることが示されました。また、異なる種類のガングリオシド間の結合は、多くの場合、同種分子間の結合より弱く、糖鎖の立体構造を識別する選択的な相互作用であることが分かりました。

本研究で用いた精密な糖鎖化学合成と高速1分子イメージングの組み合わせは、従来は観察困難であった、弱く短寿命の糖鎖間相互作用を解析する新たな方法となります。
 

2.糖鎖間相互作用を起点とする微小膜領域の形成

糖鎖の一部を除いた分子や立体構造を変えた分子を比較したところ、GM3のシアル酸とガラクトースを含む部分が基本的な結合力を生み、糖鎖全体の三次元構造が結合の選択性を決めることが示されました。特に、シアル酸のアセトアミド基(図2a)やカルシウムイオンが、GM3の糖鎖間相互作用を安定化することが示され、水酸基間の相互作用に関与する可能性が示されました。さらに、コレステロールを減少させるとホモダイマーの寿命が短くなり、コレステロールを戻すと回復しました。ホモダイマーの周囲には、スフィンゴミエリンやGPIアンカー型タンパク質などのラフト親和性分子が一時的に集まり、ホモダイマー同士がさらに会合して三量体や四量体も形成しました。これらの結果から、研究グループは、糖鎖間相互作用を起点として生じ、コレステロールによって安定化される微小な膜領域を「ガングリオシドホモダイマーラフト」と名付けました(図2b)。  

3.GM3ホモダイマーがEGFRの自発的な二量体化を抑制

次に、この膜領域が受容体の働きを制御するかを、EGF受容体(EGFR)を用いて調べました。GM3ホモダイマーはGM3モノマーよりもEGFRに結合しやすく、その結合確率は約5倍でした。これは、2本のGM3糖鎖がEGFR上の2本の糖鎖を同時に捉えるためと考えられます。GM3を欠く細胞、GM3を再導入した細胞、コレステロールを除去・再添加した細胞を比較し、EGFRの二量体形成と解離を1分子レベルで解析したところ、GM3ホモダイマーラフトはEGFR二量体の形成速度を低下させるとともに、形成された二量体の解離を促進し、EGFが存在しない状態での自発的なEGFR活性化を抑えることが明らかになりました(図3)。

4.反復する短寿命相互作用がEGFR活性化の立ち上がりを調節

さらに、EGFRの糖鎖を酵素処理で除去する実験、EGFR糖鎖と類似した糖鎖を競合させる実験、糖鎖結合部位を置換する実験を組み合わせ、GM3がEGFRのN504およびN579に結合した複合型N型糖鎖(注8)と相互作用することを突き止めました(図3)。個々の結合は約0.1秒と短寿命ですが、GM3ホモダイマーが細胞膜上に多数存在し、高速で拡散するため、EGFRとの相互作用が頻繁に繰り返されます(図4)。EGF刺激後も、GM3ホモダイマーラフトはEGFRモノマーとの相互作用を保ち、二量体化を遅らせて、下流シグナル分子Grb2の結合を抑制しました。一方、EGF結合によって安定なEGFR二量体が完成すると、受容体の構造変化によってGM3が糖鎖へ届きにくくなり、安定なEGF結合型EGFR二量体を不安定化する作用は、ほとんど見られなくなりました(図3)。

これらの結果から、糖鎖は細胞表面を覆うだけでなく、膜上で同種糖鎖同士の微小な集合体をつくり、受容体の状態に応じて二量体化と活性化を調節することが明らかになりました。また、一回ごとの分子間相互作用は極めて短寿命であっても、その形成と解離が繰り返されることで、細胞膜の動的な構造と受容体シグナルを持続的に制御できることが示されました(図4)。

【がん研究との関係】

EGFRは細胞の増殖や生存を制御する代表的な受容体で、その異常な活性化は多くのがんの発生や進展に関係します。本研究は、細胞膜上の糖鎖間相互作用がEGFRの不要な二量体化と活性化を抑えることを示し、糖鎖環境とがん関連受容体シグナルを結ぶ新たな分子機構を提示しました。一方で、本研究は培養細胞と人工膜を用いた基礎研究であり、今後、ヒト腫瘍や動物モデルにおいて同様の機構が働くかを検証する必要があります。

【今後の展開】

本研究により、細胞表面の糖鎖は単なる識別標識や保護層ではなく、同じ細胞膜上で互いに相互作用して微小な膜領域を形成し、受容体の活性を直接調節することが明らかになりました。今後は、糖鎖の種類や立体構造によって相互作用の強さと選択性がどのように決まるのかを解明するとともに、HGF受容体(c-Met)などのEGFR以外の増殖因子受容体やGタンパク質共役型受容体などにも同様の制御機構が存在するかを検証します。また、GM3ホモダイマーラフトの形成や、GM3と受容体糖鎖との相互作用を選択的に制御できれば、受容体そのものを直接阻害する従来の方法とは異なり、受容体を取り巻く糖鎖環境を調節することでシグナルを制御する、新たな創薬概念につながる可能性があります。

【研究者コメント】

 今回、生きた細胞膜上で糖鎖同士がほんの短時間だけ結びつき、その形成と解離を繰り返すことで、細胞膜の構造と受容体の働きを調節していることを直接捉えました。一回ごとの相互作用は弱く短寿命ですが、それが何度も繰り返されることで、安定した膜構造と精密なシグナル制御が実現されます。本成果は、『弱く短い相互作用の反復』が生命システムを支える重要な原理であることを示すものと考えています。

【謝辞】

科学技術振興機構CREST (JPMJCR24B3, JPMJCR18H2)、創発的研究支援事業 (JPMJFR2004)、国立がん研究センター研究開発費(2023-A-03)、JSPS 科研費基盤研究A (21H04772、22H00359)、科研費基盤研究B (JP24K01974)、挑戦的研究(JP24K21944)、J-GlycoNet Cooperative Network (26A029)、日本医療研究開発機構 (JP24tk0124003h0002、JP24ym0126134)、中谷財団研究開発助成、武田科学振興財団特定研究助成、精密測定技術振興財団研究助成、水谷糖質科学振興財団研究助成、上原記念生命科学財団研究助成

【用語解説】

(注1) ガングリオシド: 細胞膜に存在するセラミドに、シアル酸を含む糖鎖が結合した糖脂質の一種。細胞間の認識や情報伝達、細胞膜上の微小な膜領域の形成などに関与する。

(注2) EGF受容体: 細胞膜に存在し、増殖因子EGFが結合すると二量体を形成して活性化する受容体タンパク質である。細胞の増殖や生存を制御し、その過剰な活性化は多くのがんに関係している。

(注3) 細胞膜の組織化: 細胞膜上で脂質やタンパク質、糖鎖などの分子が特定の配置や微小領域をつくり、動的に集合・解離すること。こうした分子の空間的な配置によって、受容体の働きや細胞内への情報伝達などが調節される。

(注4) 全化学合成: ガングリオシドの糖鎖、脂質部分、蛍光色素を、化学反応によって人工的に組み立てて作製する手法。構造の異なるガングリオシドを合成し、あらかじめ定めた位置に蛍光色素を精密に導入できる。

(注5) ラフト: 細胞膜上に一時的に形成される、コレステロールやスフィンゴ脂質に富む微小な膜領域で、特定の脂質やタンパク質を集め、細胞内への情報伝達などを調節すると考えられている。

(注6) 1分子蛍光観察: 全反射照明顕微鏡を用いて、蛍光標識した分子を一つずつ観察し、その位置や動きを時間とともに追跡する手法である。分子の拡散、結合・解離、集合体形成などを、生きた細胞や細胞膜上で直接解析できる。

(注7) FRET(蛍光共鳴エネルギー移動): 異なる蛍光分子が数nm程度まで近づいたとき、一方から他方へエネルギーが移動する現象のこと。分子同士の接近や結合を、非常に短い距離の変化まで検出するために用いられる。

(注8) N型糖鎖: タンパク質中のアスパラギン残基に結合する糖鎖で、多くの細胞膜タンパク質や分泌タンパク質に存在する。タンパク質の構造安定化や細胞表面への輸送、細胞認識、受容体の活性調節などに関与する。


 

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