2026年6月3日
死海の生物はどうやって泳ぐのか――極限に適応する力を身につけた単細胞生物の仕組み
ヨルダンとイスラエルの国境に広がる塩湖「死海」は、多くの生き物にとって、非常に過酷な環境です。塩分濃度は30%を超え、水温も10〜50°Cの間で大きく変動します。このような厳しい環境で生きるには、特別な環境適応能力が必要です。
この度、学術誌『Nature Communications』に発表された研究で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とロシア科学アカデミータンパク質研究所の研究チームは、死海に生息する数少ない生き物の一つである、Haloarcula marismortuiという単細胞のアーキア(古細菌)に注目しました。そして、この生き物が厳しい環境で生きるために持つ体の仕組みを、詳しく調べました。研究チームは、クライオ電子顕微鏡を使った単粒子解析法で、古細菌のフィラメント(細胞からのびる繊維)を作るタンパク質の立体構造を決定しました。このフィラメントは、長い尾のような形をしており、泳ぐために欠かせない役割を果たしています。
本論文筆頭著者でOIST生体分子電子顕微鏡解析ユニットのヴラディミル・メシェリャコフ博士は、この発見について次のように話しています。「私たち人間は、塩分濃度の高い水の中でもそれほど違いを感じずに泳げるかもしれません。しかし、単細胞生物にとっては、濃度が高いと水の粘度が高くなるため、移動が困難になります。この古細菌は、これまで知られていなかった、フィラメントの外側をおおう“鞘(さや)”のような構造を持っています。この鞘がフィラメントを強くし、ねばり気のある環境の中でも効率よく泳げるようにしていると考えられます。」
共著者のマティアス・ウォルフ教授は、こう付け加えます。「こうした極限環境に住む生き物を調べることで、さまざまな条件の中で生きていくための独自の適応について知ることができます。例えば、もし将来、ほかの惑星で生命が見つかるとしたら、それはおそらく、こうした古細菌に似た生き物で、生き延びるために特別な仕組みを備えているでしょう。」
塩分濃度の高い水の中を泳ぐために
多くの生き物にとって、生き延びるためには「移動すること」が大切です。危険から逃れたり、食べ物や仲間のいる場所へ向かったりするためです。古細菌では、「アーキアべん毛(archaellum)」と呼ばれる、らせん状の大きなタンパク質の仕組みによって移動することができます。この構造は細胞膜に固定されたタンパク質モーターに連結されており、そのモーターによって回転することで推進力を生み出します。
今回注目したH. marismortuiでは、このフィラメントは、タンパク質をコードする遺伝子の発現に応じて、2種類のサブユニット(ArlA2またはArlB)のいずれかから構成されています。ウォルフ教授はこう説明します。「このサブユニットの構成の多様性は、特定の部位に結合しようとする抗体やファージ(ウイルス)から身を守る手段にもなり得ます。」
さらに、このような多様性は環境への適応にも関係していると考えられます。研究チームは、2つのタンパク質複合体がどちらも基本の作り(主鎖、内側の構造、外鞘)は共通しているものの、外鞘の構造)は共通しているものの、外鞘の構造は大きく異なることを発見しました。
メシェリャコフ博士はこう話します。「ArlBの単量体(モノマー)同士が結合すると、D2領域の向きが入れ替わり、モノマー同士の結びつきが非常に強くなります。その結果、塩分の高い水の中でもしっかり動ける、丈夫で固い外側の構造が作られます。」
これに対して、ArlA2フィラメントでは、各モノマーのD2領域間のタンパク質相互作用がはるかに弱く、この違いは生育環境への適応によるものだと考えられます。ArlBタンパク質は、ArlA2よりもはるかに高い塩分濃度の環境に適応しています。
「ArlA2は、幅広い温度や塩分濃度の中で働きます。一方でArlBは、特に高い塩分濃度や低温に適応しています。そのため、野生型のH. Marismortuiでは、ほとんどの場合、ArlA2が見られます」とメシェリャコフ博士は説明しています。
進化がたどり着いた「似た仕組み」
細菌と古細菌は、およそ40億年前に共通の祖先から分岐したと考えられています。細菌のべん毛(古細菌におけるそれに相当するフィラメント)には、外鞘構造(外側を覆う仕組み)をもつものがあります。しかし、これまで、このような構造を持つ他の古細菌は確認されていませんでした。本研究は、これらの生き物の移動を支えるフィラメントにおいて、生き物が似た課題に対して、別々の道をたどりながらも似た仕組みにたどり着く「収斂(しゅうれん)進化」の最初の例を示しています。
ウォルフ教授は、次のように話しています。「生命がどのように進化し、環境に合わせて変わってきたのかを知るうえで、とても興味深い結果です。例えば、数十億年という長い年月をかけて、細菌と古細菌は、それぞれ違う方法でありながら、泳ぐための似た仕組みを作り出してきました。古細菌は、私たちの哺乳類の細胞のような真核細胞の祖先であるため、このような生き物を調べることで、まだ多くのことを学ぶことができるでしょう。」
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