2026年6月30日
歯垢形成のメカニズムにクライオ電子顕微鏡で迫る
歯周病は、細菌Porphyromonas gingivalis(P. gingivalis)によって引き起こされる、世界的に広くみられる感染症です。日本では、30歳以上の成人の約80%が、罹患しているかまたは発症リスクがあるとされています。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)、鳥取大学、広島大学、長崎大学による共同研究により、この細菌がどのように歯垢を形成するのかについて、新たな知見が得られました。研究チームは、クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)を用いて、細菌が宿主組織や他の微生物に付着するための腕として働く「Mfa線毛」の3次元構造を解明しました。この研究成果は、学術誌『Communications Biology』に掲載されました。
筆頭著者である柴田敏史博士(元OIST生体分子電子顕微鏡解析ユニット研究員、現鳥取大学講師)は、次のように述べています。「P. gingivalisが宿主組織に付着し、感染を成立させ、バイオフィルム形成に関与する仕組みを理解することで、将来の治療戦略の開発につながると期待されます。私たちが得た詳細な線毛の構造情報を創薬鋳型として利用すれば、付着や感染を阻害する新しい薬を設計できるかもしれません。」
P. gingivalisが歯垢(プラーク)を形成する仕組み
P. gingivalisはFimとMfaという2種類の繊維状付着器官(線毛)を持っており、それらを腕のように使い、ヒトの組織やさまざまな細菌と結合します。線毛は複数のタンパク質サブユニットが重合(連結)して形成されます。Mfa線毛の本体(軸)部分はMfa1タンパク質が連結してできています。
研究チームはこれまで、P. gingivalisの線毛の構造と機能について研究してきました。以前にはFim 線毛の構造を報告してます。今回の研究では、P. gingivalisが持つもう一つの線毛であるMfa線毛の構造を解明し、線毛を構成するMfa1タンパク質がどのように重合し線毛を形成するか、線毛と他の細菌がどのように相互作用するかを明らかにすることで、より包括的な全体像を示しました。
線毛の形成を理解するため、研究チームはまず試験管内で線毛の部品となるMfa1タンパク質を重合させ、クライオ電子顕微鏡を用いて解析し、3.0 Åという原子レベルに近い分解能で構造を決定しました。
研究チームはタンパク質に変異を加えることで、線毛の組み立てにおける重要な部位とその役割を明らかにし、Mfa1タンパク質同士が、C末端領域を使った『ストランド交換』という独特な結合様式によって結合し、線毛が根元から伸長し組み立てられる仕組みを解明しました。
クライオ電子顕微鏡を使った構造解析により、Mfa線毛内に金属イオンが存在することが明らかになりました。さらに元素分析の結果、これらがカルシウムであることが特定されました。「私たちの実験結果から、Mfa線毛へのカルシウム結合は、P. gingivalisがヒトの免疫系による認識を逃れ、感染を持続させるために獲得した特徴である可能性が示唆されました。」と、柴田博士は話します。
また、研究チームはコンピュータシミュレーションを用いて、Mfa線毛と口腔内レンサ球菌Streptococcus gordoniiとの相互作用を可視化しました。S. gordoniiは、口腔内でP. gingivalisと結合し歯垢を作ります。細菌同士の相互作用を分子レベルで解明することで、こうした相互作用を阻害し、歯垢の形成を抑制する化合物の開発につながる可能性があります。
P. gingivalisは、歯周病に加え、肺炎、糖尿病、アルツハイマー病、関節リウマチ、脳卒中、心血管疾患、早産など、多岐にわたる疾患との関連が指摘されています。研究チームは、感染に関わる線毛の詳細な構造情報を提供することで、P. gingivalisに関連する疾患の治療薬開発の一助となることを期待しています。
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