発生期の免疫細胞の移動経路がゼブラフィッシュの網膜で明らかに

免疫細胞が血管の表面を通路として利用し、神経細胞の発生開始を合図に、網膜へ移動するという事実が新たな研究で明らかになりました。

本研究のポイント

  • 脳の免疫細胞であるミクログリア(または、小膠細胞(しょうこうさいぼう))は、神経変性疾患や外傷性脳損傷に対する第一の防衛線である。
  • しかし、ミクログリアの前駆細胞が発生過程でどのようにして脳のさまざまな領域に移動するのかについて知られていなかった。
  • 本研究では、受精後24時間から60時間のゼブラフィッシュ胚において前駆細胞を追跡し、発生期の網膜にどのように移動するのかを明らかにした。
  • その結果、前駆細胞は血管の表面を通り道として網膜の入り口を見つけ、神経細胞が発生し始めてから網膜に完全に定着することがわかった。
  • この知見をもとに、将来的には神経変性疾患を対象としたミクログリアの幹細胞を標的とした治療法が生まれる可能性がある。

概要

脳の免疫細胞であるミクログリアは、神経変性疾患や外傷性脳損傷に対する第一の防衛線です。ミクログリアは損傷部位に集まり、感染・損傷した神経細胞やその死骸を除去する掃除機のような働きをしたり、脳が発達する時期に不要なシナプスを刈り込むことで、脳の恒常性(生存に必要な安定状態)を維持します。しかし、ミクログリアは本来、脳で発生するものではありません。ミクログリアの前駆細胞は、末梢中胚葉と呼ばれる胚の別の部分で生まれ、胚の発達に伴って脳へ移動します。前駆細胞がどのようにして脳への移動経路を見つけるのか、このプロセスの多くが謎で、現在のところ解明されていません。ミクログリアは人間を含むすべての動物の脳の恒常性維持に重要な役割を果たしていることから、この疑問を解明することによって、健康上の多くのメリットがもたらされると期待されています。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の神経発生ユニットを率いる政井一郎教授は、次のように述べています。「ミクログリアは、アルツハイマー病などの神経生物学的疾患に関与していると考えられており、その働きを明らかにすることでこれらの疾患を解明できる可能性があります。ミクログリアは脳全体に存在しますが、私たちが今回の論文で発表した研究では、これらの細胞がどのようにして網膜に定着するのかを調べました。網膜は目の神経組織で、脳の領域で最初にミクログリアが定着する場所です。」

科学誌eLife に発表した本論文によると、政井教授と元OIST博士課程学生のニシュタ・ラナワット博士は、ミクログリアが網膜に適切に定着するためには、2つの重要な要素があることを明らかにしました。その要素とは、眼球内に血管が形成されていることと、網膜内で神経細胞が生み出されていることです。

研究チームは、ミクログリアが網膜へ移動し定着する過程でこの2つの要素が必須であることを明らかにするため、受精後24時間から60時間までの透明なゼブラフィッシュ胚を観察しました。ミクログリアの前駆細胞を、蛍光で標識して追跡を可能にしました。前駆細胞は末梢中胚葉で発生した後、まず卵黄に移動し、その後、脳の各部位に向かって移動を開始します。

政井教授は次のように説明しています。「発生期の脳は非常に中身が詰まった組織です。ミクログリアがどのようにしてその中に入り込み、内部を移動するのかを想像するのは困難ですが、私たちはそれが眼球内の血管を経路として利用していることを発見したのです。」

ミクログリアの旅はそれで終わりではありません。網膜の入り口に到着すると、網膜と水晶体の間の血管に付着したまま、網膜内で神経新生が開始するのを待ちます。神経新生とは、神経の前駆細胞から新たに神経細胞が生み出される現象です。研究チームは、網膜の神経新生が起こっている領域にのみミクログリアが浸潤することを発見しました。受精後60時間頃には、ミクログリアは網膜全体に広がっていました。

受精後30時間から48時間のゼブラフィッシュの網膜を撮影したもの。左側の画像では、蛍光標識したミクログリアの前駆細胞をマゼンタ色で、発生中のゼブラフィッシュの網膜を緑色で示している。右上の画像は、受精後30時間頃に最初の前駆細胞が血管を通って眼球に入ってきたことを示している。右下の画像は、受精後42~48時間に、神経新生が起こっている部分から網膜全体に前駆細胞が定着している様子を示している。
発生過程のゼブラフィッシュの網膜にミクログリアの前駆細胞が定着する様子を表したモデル。ミクログリアの前駆細胞が血管を通過して眼杯に入り、神経新生が起こっている領域に拡散する様子が見て取れる。

研究チームは、血管形成と神経新生がミクログリアの移動における重要な要素であることをさらに裏付けるため、血管形成と神経新生を阻害した実験をそれぞれ行いました。その結果、どちらの阻害実験でも、ミクログリアは網膜内に移動し定着することができませんでした。

本研究の筆頭著者であり、現在は米国Burke Neurological Instituteの博士研究員であるラナワット博士は、次のように述べています。「今回の研究では、ミクログリアの網膜への定着が、網膜の血管に依存し、神経細胞が分化した領域へ優先的に浸潤することが明らかになりました。この知見をもとに、神経変性疾患を対象としたミクログリアの幹細胞を標的とした治療法が将来開発されるかもしれません。今後の研究では、ミクログリアと血管や神経細胞との相互作用を司る分子を見つけ出すつもりです。」

OISTの元博士課程学生で、eLifeに掲載された論文の筆頭著者であるニシュタ・ラナワット博士は、この研究で明らかになった知見がいつか、ミクログリアを誘導する幹細胞を用いた神経変性疾患治療法の開発につながる可能性があると語る。

発表論文詳細

論文タイトル: Mechanisms underlying microglial colonization of developing neural retina in zebrafish
発表先: eLife
著者: ニシュタ・ラナワット、政井一郎
DOI: 10.7554/eLife.70550
発表日: 2021年12月7日

研究ユニット

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