細胞増殖の謎:ヒストンとDNAの整合

脊椎動物の細胞増殖と細胞分化にステムループ結合因子が関与することを指摘した政井一郎准教授の新しい研究成果が発表されました。

 細胞は分裂する前に、新たに遺伝物質を作り出し、それは2つの新たな細胞に分かれる前にスプール様の物質に巻きつきます。これらのスプールは、ヒストンと呼ばれるタンパク質であり、細胞がそのDNAを倍加するのと同時に増加します。DNAが倍加したときにヒストンの量が増えなければ、センチメートル単位の長さのDNAは、わずかマイクロメートル単位の小さな染色体内におさまりません。発生の初期段階において、DNAが倍になり、細胞が分裂する過程を増殖と呼びます。その後、胚はひとつの細胞から千個以上の細胞に成長します。そして最終的に、新しく生まれた細胞は特定の組織へと分化します。細胞増殖は、すべての組織の発生に共通ですが、細胞増殖時にどのようにヒストンタンパク質がDNAの量に比例して増加するのかは十分にわかっていません。

 沖縄科学技術大学院大学の神経発生ユニットを率いる政井一郎准教授は、長年にわたってゼブラフィッシュの発生異常の突然変異体をスクリーニングすることで、細胞分裂と分化について研究を進めてきました。そして本研究では、政井准教授とユニットのメンバーが、SLBPと呼ばれるステムループ結合因子に突然変異を持つゼブラフィッシュの系統を同定しました。これまで、研究者たちは培養細胞を用いた試験管内の研究を通して、ヒストンのレベルを調節する重要な因子としてSLBPを同定しました。政井准教授は、脊椎動物モデルとしてゼブラフィッシュを用いて、発生が適切に進むためにはSLBPが不可欠であるということを明らかにしました。生体内でのSLBPの機能を初めて示した本研究成果は、2014年8月5日に Developmental Biology 誌に掲載されました。

 「細胞分化の過程を理解したかったのです」と説明する政井准教授。SLBP遺伝子が十分に機能しなければ、ゼブラフィッシュ胚は細胞分裂ができず、1細胞期から進むことができないため単純に死んでしまうと予想されるでしょう。しかし、そうではないのです。突然変異胚はSLBP経路を迂回し、胚が生存できるよう細胞分裂を続けます。政井准教授はゼブラフィッシュの網膜に着目し、突然変異系統と正常にSLBPが機能している野生型の系統との発生を比較しました。その結果、SLBP突然変異胚では、網膜細胞が野生型胚と比べてかなりゆっくり増殖し、少ない種類の網膜神経細胞しか分化できないことが明らかになりました。また、突然変異胚は、網膜細胞の層形成が不規則になり、その結果、光を感知する視細胞から網膜神経回路を経由する視覚信号の伝達が損なわれることも明らかになりました。そして、突然変異胚では、視覚信号を網膜から脳へと伝達する視神経は眼球から出てくることができないことも明らかになったのです。つまり、突然変異体のゼブラフィッシュの視細胞が光を捉えることができたとしても、その視覚信号は決して脳には到達しないと考えられます。

 小さなゼブラフィッシュを使った政井准教授の研究結果は、大きなインパクトがあります。なぜならゼブラフィッシュのSLBPはヒトのSLBPと相同だからです。つまり、人間とゼブラフィッシュがどれほど遠縁であっても、遺伝子配列はよく似ており、同じようにタンパク質が機能していると考えられるからです。「ゼブラフィッシュで見られる発生の問題は、我々ヒトにおいても起こるかもしれません。しかし、人の眼球を取り出して実験するわけにはいきませんので、我々はそれを直接知ることはできないのです」と同准教授は語り、今回の研究成果の意義を強調しました。

 さらに、多くの種類のがんの背景に細胞分裂の問題が挙げられています。特に、細胞分裂の問題はクロマチンの分離過程、すなわち、細胞がDNAを倍加した後に2つの新たな細胞に分かれる前のミステリアスな瞬間に、起こります。無脊椎動物におけるSLBP突然変異体はクロマチンの分離に欠陥が報告されているので、政井准教授の研究チームでは、ゼブラフィッシュのSLBPを研究することでより深い見識が得られると考えています。

 細胞の増殖、分裂、および分化を調整する遺伝子の完全な理解なしには、がん細胞において何がうまくいかないのか正確にはわかりません。政井准教授は、どの遺伝子が関係していて、それがどのように働くのかということを学ぶべく、ゼブラフィッシュを用いて詳細にわたって研究しています。

 

ラッシュ ポンツィー

研究ユニット

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