新たなアプローチで痛みに挑む―OIST発のスタートアップ「シュレゼン・バイオセラピューティクス」

OIST発のバイオ医薬品開発スタートアップが、近年独自に明らかにした疼痛メカニズムを標的とするペプチド治療薬の開発に取り組んでいます。

6人が、「OIST Innovation Core 2」と書かれた看板のある建物の前に立っている。
シュレゼン・バイオセラピューティクスの創業チームが、OIST内の新しいラボスペースの前に集まった様子。写真左から、アンジェラ・アレス・ピタ氏(OIST Innovation)、和田祐輔氏(サイセイベンチャーズ)、ジェームス・フェリシアーノ氏(サイセイベンチャーズ/シュレゼン・バイオセラピューティクス CEO)、パオラ・バトラー・ザネッティ氏(OIST Innovation)、ペン・チョウ博士(シュレゼン・バイオセラピューティクス 最高技術責任者)、富本修平氏(シュレゼン・バイオセラピューティクス オペレーション担当シニアディレクター)。
© 野田 佳奈代

重度の疼痛や慢性疼痛の管理において、オピオイドが唯一の選択肢となるケースも少なくありません。しかし、オピオイドには依存症や呼吸障害、過剰摂取といった副作用のリスクがあり、課題となっています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)発のスタートアップ「シュレゼン・バイオセラピューティクス (Surzen Biotherapeutics)」は、特許を取得した独自のペプチド技術を用いて、こうした課題の解決に取り組んでいます。従来とは異なる方法でオピオイド受容体経路を標的とすることで、重篤な副作用を伴わない効果的な疼痛緩和の実現を目指しています。

OISTのテクノロジー・パイオニア・フェロー在任中に同社を共同設立した最高技術責任者(CTO)のペン・チョウ博士は、次のように述べています。「オピオイド受容体経路に関する長年の研究成果を基盤に、シュレゼン・バイオセラピューティクス を設立できたことを大変うれしく思います。急性および慢性の痛みに苦しむ方々に、より安全で効果的な治療法を提供することを目指しています。」

亡き父の苦しみを原点に

「シュレゼン」という社名は、チョウ博士の亡き父の名前である「Shu Sheng(シュー・シェン)」に由来しており、中国語での発音がよく似ていることから名付けられました。「私が科学者の道を志したのは、父のおかげです。父は常に、私の視野を広げるよう励ましてくれました」とチョウ博士は語ります。武漢大学で生化学の博士号を取得した後、チョウ博士は京都大学の楠見明弘教授の研究室で研究をつづけました。その頃、父親が末期がんと診断されました。

「父が病気になった時、私は6か月間実家に戻り、父の介護をしました。頻繁に病院へ通う中で、痛みに苦しむ多くの患者さんを目にしました。これが、私がシュレゼン・バイオセラピューティクスを設立するきっかけとなりました。特に、末期の患者さんのために、より良い疼痛治療法を開発したいと考えました。患者さんの苦しみを和らげ、ご家族と過ごす大切な時間を少しでも長く、より良いものにできるよう支援したかったのです」とチョウ博士は語ります。

父を亡くした後、チョウ博士は、当時OISTへ移転してきた楠見教授の研究室に戻りました。そこで、単一分子追跡技術を用いて、オピオイド受容体の二量体化についての研究を進めました。

従来、オピオイド系薬剤は個々のオピオイド受容体タンパク質(単量体)を標的として作用すると考えられてきました。しかし近年、受容体シグナル伝達経路に関する研究から、これらのタンパク質はしばしば二量体を形成し、二つの受容体分子が結合した状態で存在することが示されています。この二量体化は受容体のシグナル伝達に影響を及ぼし、オピオイド療法の副作用にも関与していることが知られています。チョウ博士らは研究の中で、この二量体化を阻害できるペプチドを特定しました。これらのペプチドを従来のオピオイド系薬剤と併用することで、薬剤耐性の発現を抑え、薬効を高めるとともに、重篤な副作用を軽減できる可能性が示されました。

生物学実験室の中央で、防護服を着用した男性が顕微鏡の焦点を合わせている。
チョウ博士は、より安全かつ効果的な疼痛管理法の開発を目指し、長年にわたり痛みの伝達経路の研究に取り組んできた。
© Renato Yudi

研究室から社会へ、新たな一歩

OISTの研究成果の技術開発・事業化を支援する拠点であるOIST Innovationのサポートを受け、チョウ博士は、このペプチド技術に関する知的財産の保護を進めるとともに、動物モデルを用いた数年にわたる前臨床研究を通じて、その有効性と可能性の検証を続けました。さらに、OISTプルーフ・オブ・コンセプト(POC)プログラムの一環である「テクノロジー・パイオニア・フェロー」に選出され、研究資金の提供や専用の実験スペース、起業家育成トレーニングなどの幅広い事業化支援を活用しながら、スタートアップ設立の基盤を築きました。

2025年初頭、チョウ博士がOISTのテクノロジー・パイオニア・フェローを務めていた時期に制作された動画。動画中でチョウ博士は、開発中のペプチド医薬品について説明するとともに、バイオテクノロジー企業設立への思いを語っている。その構想は現在、シュレゼン・バイオセラピューティクスとして歩み始めている。
© Renato Yudi

OIST Innovationのグローバルなネットワークを通じて、チョウ博士は後にシュレゼン・バイオセラピューティクスのCEOとなるサイセイベンチャーズのジェームス・フェリシアーノ氏と出会いました。サイセイベンチャーズはシード資金を提供するとともに、フェリシアーノ氏は製薬業界で長年培った経営・事業化の経験をもたらしました。チョウ博士、フェリシアーノ氏、そしてサイセイベンチャーズの連携により、シュレゼン・バイオセラピューティクスは有望な研究成果を社会実装へつなげるための科学的・事業的・財務的な基盤を構築しました。

OISTのPOCプログラムのマネジャーであるアンジェラ・アレス・ピタ博士は、次のように述べています。「チョウ博士とシュレゼン・バイオセラピューティクスは、POCプログラムが目指している成果を体現する素晴らしい例です。研究室で生まれた発見を社会に貢献するイノベーションへと発展させる研究者を支援することで、POCプログラムは科学的発見と社会的インパクトをつなぐ架け橋となっています。チョウ博士の歩みが、OISTをはじめ、日本、そして世界中の研究者にとって、自らの発見を社会に役立てる挑戦への一歩を踏み出すきっかけとなることを願っています。」

沖縄から世界へ

シュレゼン・バイオセラピューティクスのチームは、OISTの研究室から輩出される世界トップクラスの人材との連携を見据え、沖縄を拠点に同社を設立することを選びました。日本で開発された技術を基盤としながら、チョウ博士とフェリシアーノ氏は、とりわけ米国やカナダをはじめとするグローバル市場への展開を目指しています。これらの国々は、医療用オピオイドの使用が多く、そのリスクが社会的課題となっています。米国だけでも、1999年から2023年までの間に、処方オピオイドの過剰摂取に関連して30万人以上が死亡したとされており(注1)、安全で効果的な疼痛管理の新たなアプローチが急務となっていることを示しています。

同社は設立後、着実に歩みを進めており、最近では沖縄県の「令和8年度沖縄先端医療技術基盤形成促進事業(研究高度化事業)補助金(ステージ3)」に採択されました。

同社の今後の展望について、フェリシアーノ氏は次のように述べています。「私たちの使命は、オピオイドを用いた疼痛管理をより安全かつ効果的なものにすることです。OISTから生まれた初のバイオテクノロジー・スタートアップの一つとして、このイノベーションを日本から世界へ届け、痛みに苦しむ人々の生活の質向上に貢献したいと考えています。」

シュレゼン・バイオセラピューティクスの詳細については、https://www.surzenbio.com/をご覧ください。

Surzen Biotherapeutics logo
© Surzen Biotherapeutics

注1:米国疾病予防管理センター(CDC)About Prescription Opioids | Overdose Prevention  (accessed July 2026)