2015-09-18

生きた化石シャミセンガイのゲノム解読 — 動物進化の謎に迫る—

生きた化石
 「生きた化石」という言葉は、カブトガニやシーラカンスなど、古代の化石とほぼ同じ形のまま生きてきたいろいろな動植物に使われます。しかし、この言葉は、生物が進化することを提唱したチャールズ・ダーウィンがシャミセンガイ(写真)に対して最初に使いました。その理由は、多くの動物の祖先が化石となって現れるカンブリア紀(5.41-4.88億年前)のごく初期の地層にシャミセンガイの仲間を含む腕足動物1の化石が大量に残されているからです。シャミセンガイを含む腕足動物の主立った分類体系は今でも化石の形態をもとに行われているほどです。つまり、シャミセンガイこそがまさに生きた化石です。

シャミセンガイ
 シャミセンガイは腕足動物の仲間です。より詳しくは、動物の仲間を大きく二胚葉動物2(クラゲやヒドラ)と三胚葉動物3に分類する時に三胚葉動物に属し、三胚葉動物を新口動物と旧口動物4に分類する時に旧口動物に属し、旧口動物を冠輪動物と脱皮動物5(昆虫などを含む節足動物など)に分類する時に冠輪動物に属します。冠輪動物には環形動物(ミミズなど)や軟体動物(貝やイカなど)の他に紐形動物(ヒモムシ)など主に海で生きるいろいろな動物が含まれていますが、腕足動物もこの仲間の一つです。(図)

 写真に示すように、シャミセンガイは二枚の殻から足のような肉茎と呼ばれる構造が出ており、砂の中にもぐって生活をしています。九州の有明海では数多く採られ、お味噌汁の具として食されています。外形はアサリなどの二枚貝(軟体動物)とよく似ていますが、二枚貝の殻が靱帯と呼ばれる構造によって堅く結びつけられているのに対してシャミセンガイには靱帯がなく、二枚の殻は独立して自由に動きます。(リンク先の動画でその様子見ることができます)。つまり一見すると二枚貝のようですが、二枚貝とは全く別の動物です。

動物進化の謎の一つ
 私たち脊椎動物は、その名の通り堅くつよい内骨格をもっています。バイオミネラリゼーション、つまり生物鉱物化(石灰化)は、脊椎動物だけでなく、サンゴ、軟体動物、棘皮動物(ウニやヒトデ)などさまざまな動物に見られる現象ですが、これらのほとんどは炭酸カルシュウムを用いて石灰化を行っています。しかし、我々脊椎動物は炭酸カルシュウムだけではなく、リン酸カルシュウム(および繊維性コラーゲン)をもとにした骨格を作ることができます。そして何と不思議なことに、脊椎動物とは進化的に遠く離れたシャミセンガイが、無脊椎動物で唯一、リン酸カルシュウムを使って殻を作っています。二枚貝の殻が炭酸カルシュウムから出来た非常に堅いものであるのに対して、リン酸カルシュウムからできたシャミセンガイの殻は、押すとへこむような柔軟性を持っています。動物の進化の過程において、どのようなメカニズムでこのような現象が起こったのか。シャミセンガイは動物進化の謎を解く鍵を握る生き物の一つです。

シャミセンガイのゲノム解読
 沖縄科学技術大学院大学の学生でマリンゲノミックスユニット(佐藤矩行教授)所属の駱乙君(ルオ・イージュン)は東京大学等との共同研究で、奄美大島産(奄美市から許可を得て採集)のミドリシャミセンガイ(Lingula anatina)のゲノムの解読に成功しました。その成果は9月18日付けのNature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)に発表されました。

 ミドリシャミセンガイのゲノムは4.25億塩基対からなり(この大きさは海産無脊椎動物で一般的なものです)、約34,000個の遺伝子を含んでいます(一般的な動物のもつ遺伝子はほぼ含まれています)。その結果、以下のようなことが分かってきました。

1)腕足動物は軟体動物に近い動物である
 上で腕足動物が冠輪動物の仲間であることは述べましたが、実はこの動物が冠輪動物の中でどの動物に近縁でどの動物とは離れているのかが分かっていませんでした。そこでこれまでにゲノムが解読された動物間で腕足動物の系統学的位置を推測したところ、腕足動物は軟体動物と近縁であり、環形動物とは離れていることが分かりました。

2)分子の進化は非常にゆっくりである
 2年前にシーラカンスのゲノムが解読された際に、シーラカンスの分子の進化速度、つまりゲノムの塩基配列が長い時間をかけてほぼ中立的に変化していく割合が、脊椎動物の中で最もゆっくりとしたものであり、これが「生きた化石」たる原因の一つであろうと推論されました。そこで、遺伝子の中で代謝など生命活動に基本的に使われている遺伝子をもとに解析してみると、ミドリシャミセンガイの遺伝子の進化速度は、これまでゲノムが解読された海産無脊椎動物の中で最もゆっくりしたものであることが分かりました。つまり、こうした遺伝子は5億年以上あまり変化せず、シャミセンガイが「生きた化石」として生き残ってきたことに貢献しているらしいということが分かりました。

3)シャミセンガイの殻形成は全く独自に進化したものである
 約34,000個の遺伝子というのは他の動物に比べてかなり大きな数です(普通は20,000〜25,000個)。そこで、なぜこのように遺伝子の数が多くなっているかを調べたところ、殻形成に関わると思われる遺伝子(ファミリー)が重複して増えていることが分かりました。

 またさらに、上で述べたリン酸カルシュウムを使ってミドリシャミセンガイの殻がどのように形成されるのかを、カキ(二枚貝)やヒト(脊椎動物)と徹底的に比較解析してみた結果、シャミセンガイの殻形成は全く独自に進化したものであることが分かりました。まず、これら3つの動物で石灰化に関わると思われる遺伝子をほぼ全て洗い出して比較したところ、シャミセンガイ、カキ、ヒトはそれぞれ独自の遺伝子セットを使って石灰化を行っていることが分かりました。さらに、脊椎動物におけるリン酸カルシュウムによる石灰化の過程に関わる遺伝子群とミドリシャミセンガイのリン酸カルシュウムによる石灰化の過程に関わる遺伝子群とを比較したところ、両者は細胞質中で働く遺伝子については共通点が多く見つかる一方で、細胞外マトリックス6や殻形成部では異なった遺伝子(タンパク質)が使われていることが分かりました。つまり、腕足動物と脊椎動物のリン酸カルシュウムを使った石灰化は全く独自に起こったことが明らかになりました。

 このように、今回のミドリシャミセンガイのゲノム解読は、動物の進化が多様なメカニズムで起こったことを示す貴重な研究成果の一つと言えます。

 論文筆頭著者である沖縄科学技術大学院大学学生駱乙君(ルオ・イージュン)は、『今回のシャミセンガイのゲノム解読は、腕足動物の様々な身体構造の進化の過程におけるゲノムの働きを解明し、さらに各動物の進化の違いに関する研究につながります。』と述べています。

本研究に携わった沖縄科学技術大学院大学・マリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授は、『動物の進化の謎がこれでまた一つ解けました。さまざまな動物が独自に進化してきたことを示す良い例と言えます。こうした多様な動物の棲息を維持するような環境の保全も大切です。また、日本の動物学の伝統があってこその研究だと思っています。』とコメントしています。

<用語解説>

  1. 腕足動物:二枚の殻を持ち、海に生息する底生無脊椎動物。シャミセンガイ、チョウチンガイなどが含まれる。二枚貝とよく似ているが、二枚の殻は独立して自由に動くなど、二枚貝とは全く別の動物である。
  2. 二胚葉動物:外胚葉と内胚葉の二つの胚葉を持つ。クラゲやヒドラなどを含み、体の構成が比較的簡単な動物である。
  3. 三胚葉動物:外胚葉、中胚葉、内胚葉を持つ。二胚葉動物や海綿以外の動物。左右対称で頭と尾という前後の軸があるのが普通。
  4. 新口動物と旧口動物:動物は体づくりの初期過程で原腸(消化管の原基)を作る際に、原口から細胞が陥入していくが、この原口が消化管の口になり後で肛門を開く動物と、原口が肛門になり後で口を開く動物がいる。前者を旧口動物(または前口動物)、後者を新口動物(または後口動物)と呼ぶ。旧口動物には、プラナリア、ミミズ、軟体動物、昆虫などが含まれる。新口動物には棘皮動物、半索動物、脊索動物が含まれる。
  5. 冠輪動物と脱皮動物:旧口動物は冠輪動物と脱皮動物の二つに分類できる。冠輪動物は脱皮をせず、多くはトロコフォア幼生という、原腸胚期に続く幼生時期を持つ。ヒルなどの環形動物やタコなどの軟体動物、サナダムシなどの扁形動物が含まれる。脱皮動物は昆虫などを含む節足動物などで、外骨格を持ち脱皮を行う。
  6. 細胞外マトリックス:細胞の周りや細胞と細胞の間に存在する、巨大なたんぱく質の超分子複合体。

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