元OIST理事の利根川進教授のご逝去に寄せて

免疫学・神経科学の発展を牽引し、OISTの創設期を支えた先駆的科学者

OIST

1987年に日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進教授が7月11日に逝去されたご逝去の報に接し、沖縄科学技術大学院大学(OIST)教職員一同、深い悲しみとともに謹んで哀悼の意を表します。

ダニエル・ザイフマンOIST臨時学長は次のコメントを発表しました。「OIST理事会の創設メンバーである利根川進教授のご逝去の報に接し、OISTコミュニティ一同、ご遺族、ご友人、同僚、そして教え子の方々に心よりお悔やみ申し上げます。利根川教授の卓越した科学的業績、先見の明あるリーダーシップ、そして卓越性への揺るぎない献身は、OISTの設立において極めて重要な役割を果たしました。世界屈指の科学者の一人として、同教授の洞察力と指導は、OISTが現在の発展を遂げるための基盤を築く上で大きな助けとなりました。
私たちは、免疫学および神経科学における画期的な発見を通じて人類に多大な貢献をされた利根川教授を称え、その非凡な人生を特徴づけた好奇心、創造性、そして知的な厳格さに、今後も引き続きインスピレーションを受け続けていきます。」

利根川教授は、2011年11月1日から2014年10月31日までOISTの理事を務めました。それより以前には、2004年から沖縄科学技術大学院大学ボード・オブ・ガバナーズ、2006年からは沖縄科学技術研究基盤整備機構運営委員会、2009年からは沖縄科学技術大学院大学学園設立委員会のメンバーとして、長きに渡り創設期のOISTの発展に大きく貢献されました。

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2008年7月、利根川進博士がOISTキャンパス建設予定地を訪問した際の様子。利根川博士は右から3人目。
2008年7月、利根川進博士がOISTキャンパス建設予定地を訪問した際の様子。利根川博士は右から3人目。

 

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