ATPがパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関連するタンパク質の異常凝集を防ぐ

アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患は、神経系の機能が徐々に損なわれる病気で、世界中で毎年、数百万人が罹患(りかん)しています。これらの疾患は、遺伝、生活習慣、併発感染症など、診断から治療に至るまで、さまざまな要因が複雑に絡み合い、影響を及ぼすため、予防や効果的な治療が非常に難しいことで知られています。
これらの神経疾患を完全に治療する方法はまだ見つかっていませんが、科学者たちは認知機能や運動機能障害の予防と緩和を目指して、根本的な特性の解明を進めています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)分子神経科学ユニットと細胞分子シナプス機能ユニット(2024年3月末に閉鎖)の研究チームは、この度科学誌『Science Advances』に発表された研究で、細胞の「燃料」として最も一般的に考えられている細胞内の分子ATP (アデノシン三リン酸)が、神経変性疾患において驚くべき役割を果たしていることを発見しました。本研究の筆頭著者であるローラン・ギヨー博士は、次のように述べています。「本研究では、神経細胞において、ATPが細胞質全体の粘性を制御していることを発見しました」軸索の細胞質(軸索原形質)の粘性が高くなると、タンパク質が凝集しやすくなり、細胞に損傷を与える有害な絡まりが生じる可能性があります。ギヨー博士は、「in vitro(試験管内試験)とin vivo(細胞内試験)の両方で、ATPの産生を促進すると、影響を受けた細胞は細胞質の粘性を低下させ、既存の病的なタンパク質凝集を分散させ、また将来的な病的なタンパク質凝集を防ぐことが分かりました」と説明します。
多くの神経変性疾患に共通する病理的特徴の一つは、「液-液相分離」と呼ばれるプロセスにより、膜を持たない不溶性タンパク質の凝集体が形成・蓄積されることです。これらのタンパク質凝集体は細胞内に、のちに細胞の外にも、蓄積する可能性があります。例えば、アルツハイマー病の後期では、タンパク質凝集体が神経原線維変化として現れることがあります。
最近の研究では、ATPがin vitroでタンパク質の可溶化や酵母細胞での細胞質の粘性調整に直接関与し、重要な「ハイドロトロープ剤」として作用する可能性が示されています。ハイドロトロープ剤とは、さまざまなタンパク質を含むため水に溶けにくい物質の溶解度を高める化合物です。今回、研究チームは、健常群、パーキンソン病の患者群、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者群から採取したヒトの幹細胞由来の神経細胞を用いて、in vitroとin vivoの実験を行ったところ、細胞内のATP濃度と、軸索原形質および神経変性疾患に関連するタンパク質(パーキンソン病ではα-シヌクレイン (SNCA)、アルツハイマー病ではタウ、ALSではTDP-43)の溶解度との間に直接的な関係があることを観察しました。

ギヨー博士は、次のように説明しています。「通常、哺乳類の細胞では、平均して4~8ミリモルという高い濃度のATPが存在しています。細胞内のすべてのエネルギープロセスに必要なATPの総濃度は、数百マイクロモルと、1桁低い値であることを考えると、これは驚くほど高い値です。このことから、私たちは神経細胞におけるATPの溶解性の役割に注目し、調査することにしました。その結果、生理学的および病理学的条件下の両方において、細胞内のATP濃度と軸索原形質の粘性との間に著しい相関関係があることが分かりました」。例えば、研究チームは生理条件下において、ATPの局所的な変化が、シナプス前区画の細胞質、シナプス小胞、アクティブゾーンの粘性にも影響を及ぼし、シナプスの機能的構成を変化させることを示しました。
ATPは主にミトコンドリアで生成されますが、ミトコンドリアの機能とATP合成の速度は、当然ながら生涯を通じて低下していきます。パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)のように、他の要因がミトコンドリアの健康に悪影響を及ぼす場合には問題が生じます。ATP濃度のさらなる低下につながり、その結果、タンパク質の溶解度が低下し、細胞質がより粘性を持つようになります。研究チームは、実験の一環として、NMNを用いて、ATP産生を促進し、ALS神経細胞軸索内のタンパク質凝集体を分解・可溶化することで、細胞質流動性を回復させることが判明しました。

神経変性疾患の研究は、その多面的な性質ゆえに非常に複雑であり、包括的な治療法の実現にはまだほど遠いのが現状です。しかし、今回研究チームが報告した発見は、これらの疾患の細胞メカニズムの理解に重要な意味を持ち、緩徐に進行する神経変性疾患を包括的に予防・治療できる未来に、一歩近づいたことを示しています。
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