神経細胞の分子輸送経路を探る ― 特定のタンパク質が神経細胞を正常に保つ仕組み

神経細胞内でRNAを輸送する分子輸送システムに関する新たな発見

Illustration of the brain

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の分子神経科学ユニットは、感覚ニューロン(神経細胞)の生存と病態が、細胞内におけるメッセンジャーRNA(mRNA)の輸送方法と関連があることを発見しました。 

この度の発見は、分子神経科学ユニットの博士課程に在籍するサラ・アブデラールさん、ローラン・ギヨー博士、マルコ・テレンツィオ准教授からなる神経生物学者のチームと、同じくOISTの膜生物学ユニットを率いる河野恵子准教授、理化学研究所(現在はジュネーブ大学に所属)のウー・イボ博士との共同研究によるものです。本研究は、筆頭著者サラ・アブデラールさんが、自身の博士論文に係る研究の一環として主導しました。 

本研究に携わったOISTの研究者たち。(左から)マルコ・テレンツィオ准教授、ローラン・ギヨー博士、博士課程学生のサラ・アブデラールさん。
本研究に携わったOISTの研究者たち。(左から)マルコ・テレンツィオ准教授、ローラン・ギヨー博士、博士課程学生のサラ・アブデラールさん。

「神経細胞(ニューロン)はおそらく、細胞の中で最も極端な形態を持っており、形状もさまざまで、大型の哺乳類になるとかなりの伸長もみられます。例えば、人の脚を支配する神経細胞は、1メートル以上の長さになることもあります。その神経細胞の核は脊髄近くにありながら、足裏のくすぐったい感覚や足の親指の痛みを感知することができます」と分子神経科学ユニットを率いるテレンツィオ准教授は説明します。  

神経細胞には軸索と呼ばれる長い突起があり、その中をタンパク質、RNA、オルガネラなど、細胞の構成成分が行き交っています。細胞の中心部から末端へ、あるいはその逆へと細胞の構成成分が行き交う様子は、ネットワークのようにつながる高速道路と荷物を運ぶトラックに例えることができます。最も重要な「トラック」は、ダイニンと呼ばれる巨大タンパク質複合体の一部で、神経細胞の末端部分からその中心へと「荷物」を運ぶ役割を担っています。この輸送システムが機能不全に陥ると、数種の神経変性疾患を引き起こす可能性があります。 

ダイニンは巨大で複雑なタンパク質であり、サイズで分類された複数のサブユニット(鎖)で構成されています。「私たちは、複合体であるダイニンの一部である、ダイニン軽鎖ロードブロックタイプ1(DYNLRB1)と呼ばれるダイニンのサブユニットの役割を研究してきました。過去の実験で、この DYNLRB1が神経細胞の生存に不可欠であることが明らかになりましたが、その仕組みについては明らかになっていませんでした」とテレンツィオ准教授は話します。 

細胞質ダイニンの構造
ダイニンは2本の重鎖(水色)、2本の中間鎖(黄色)、4本の中間軽鎖(緑色)とダイニン軽鎖ロードブロックタイプ1(DYNLRB1、オレンジ色)を含む複数の軽鎖からなる。

研究チームは、ダイニンが神経細胞内で荷物を運ぶトラックだとすると、DYNLRB1は“ダイニントラック”の移動能力や荷物を運ぶ能力に影響を与える可能性がるという仮説を立てました。この仮説を裏付けるため、OISTの研究チームは、この DYNLRB1と相互作用するタンパク質を調べました。 

相互作用するタンパク質が複数ある中で、アブデラールさんは脆弱Xメッセンジャーリボ核タンパク質1(FMRP)に着目しました。このタンパク質は、神経発達障害(脆弱X症候群)や神経変性疾患(脆弱X関連振戦/運動失調症候群)に関連しており、神経生物学の分野ではよく知られたタンパク質です。 

「FMRPが“ダイニントラックが運んでいる荷物”の一部であるという発見は、とりわけ興味深いものでした。FMRP顆粒は、FMRPそのものとメッセンジャーRNA(mRNA)という2種類の分子によって形成されています。 mRNAは、細胞内の構造体であるリボソームが、タンパク質を作るための鋳型となります。私は軸索のRNA生物学に興味があるので、このテーマを深掘りする機会を逃したくないと思いました」とテレンツィオ准教授は説明します。 

これまで、軸索にはRNAやタンパク質の合成装置はなく、これらのプロセスのほとんどは神経細胞の核の近くで起こると考えられてきました。ところが、比較的最近の研究で、軸索にさまざまなRNA分子が存在することが明らかになっています。細胞の中心部でタンパク質を合成し、これらのタンパク質を、神経細胞の先端まで輸送することは、長い神経細胞にとっては、大きな荷物をトラックに載せて運ぶようなもので、多大なエネルギーを必要とします。そのため、神経細胞はタンパク質の代わりに、mRNAを輸送するのです。「一つのmRNAは、複数のタンパク質を作り出す鋳型となります。最終形であるタンパク質の代わりに鋳型のmRNAを輸送することで、少なくとも理論的には、細胞にとって、かなりの省エネになります」とテレンツィオ准教授は説明します。 

しかし、アブデラールさんはFMRPが末端から中心へと輸送されることも発見しました。「FMRPは通常、細胞の中心から末端へ輸送されると考えられていました。今回の研究を通して逆方向への輸送がされているということが分かったときは、大変驚きました。この現象は、この分野ではまだ報告され始めたばかりですが、将来重要になると思います」とテレンツィオ准教授は話します。   

最後に研究チームは、DYNLRB1を除去すると、FMRPが失速し、感覚ニューロンの細胞体と軸索に蓄積することも発見しました。FMRPに結合したmRNAが動けなくなると、タンパク質の生合成(翻訳)ができなくなるため、研究チームは、DYNLRB1が神経細胞の健全性にとって重要な役割を果たしているという仮説を立てました。言い換えれば、DYNLRB1が損傷すると、必須タンパク質の産生が阻害され、ニューロンの生存が危ぶまれることになります。 

コントロール群の感覚ニューロンと、DYNLRB1が欠損した感覚ニューロンを比較した画像。緑色の部分がニューロンで、FMRP顆粒(FMRP puncta)は白点として可視化した。
コントロール群の感覚ニューロンと、DYNLRB1が欠損した感覚ニューロンを比較した画像。緑色の部分がニューロンで、FMRP顆粒(FMRP puncta)は白点として可視化した。DYNLRB1が欠損すると、FMRPの数が増え、より大きな顆粒となってニューロンに蓄積し、ニューロンの生存を脅かす。
正常な感覚ニューロンと正常でない感覚ニューロンの模式図。
正常な感覚ニューロンと正常でない感覚ニューロンの模式図。正常でないニューロンでは、DYNLRB1として知られるダイニンのサブユニットが欠損(または機能不全)しているため、FMRPが動けなくなり、蓄積する。これにより神経障害が引き起こされる可能性がある。 

「次の研究課題は、DYNLRB1が機能不全または欠損している場合に、生成されないタンパク質はどれかを明らかにすることです。今回の研究で私たちが得たデータは、神経細胞の生存と、その延長線上にある神経細胞の死の背景を理解するのに役立ちます。将来的には、神経変性疾患に対する新たな治療アプローチの開発に活用できるかもしれません」とテレンツィオ准教授は結んでいます。   

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