ドーパミンへのこだわり

OISTのゴードン・アーバスノット教授は、1960年代半ばにドーパミンと出会ってからずっと、その複雑な性質の解明に努めてきました。

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)で行動の脳機構ユニットを率いるアーバスノット教授は、英国アバディーン大学の博士課程で生理学専攻の学生であった時に、スウェーデンの研究グループが発表した論文に出会い、一般に快楽を司る脳内化学物質と呼ばれる神経伝達物質のドーパミンに興味をもちました。その論文はルンド大学の研究グループのベンクト・ファルクおよびファルクの指導者であるニルス-オーケ・ヒラープらによって発表されたもので、脳内の神経伝達物質分布の可視化に初めて成功した方法について論じていました。この革命的な偉業によって、脳内化学物質伝達のメカニズムを調べる最初のツールが確立されたのです。

 「何千もの脳内化学物質の分布を見ることが可能になったこの21世紀という時代においては、たった1つの神経伝達物質の分布を見た時の興奮を想像することは難しいものです。しかし、その当時は画期的なことでした。」とアーバスノット教授は語ります。

 この時以来、アーバスノット教授のドーパミンへのこだわりが始まりました。OISTで、同教授のユニットはドーパミンを受け取るニューロンの構造や生理機能について調べており、脳内のドーパミンの役割を解き明かそうとしています。ドーパミンの性質は複雑で捕らえどころがないため、ドーパミンの機能不全によって生じる疾患を治療することは困難です。しかしアーバスノット教授は、1960年代半ばにドーパミンと出会ってからずっと、その解明に努めてきました。

 1969年にアバディーン大学を卒業するとすぐに、アーバスノット教授は当時ストックホルムのカロリンスカ研究所で働いていた上述の研究グループと研究を行い始めました。ここでは、脳内のドーパミン産生の場所や、ドーパミンと報酬、強化、嗜癖との関係を明らかにすることを目的としたプロジェクトに参加しました。しかし、脳内でドーパミンが担っている役割は、快楽を生み出すことだけではありませんでした。ドーパミンは、運動や注意力持続時間の調節にも重要な役割を果たしていたのです。アーバスノット教授は、スウェーデンでの研究を終えた後も、パーキンソン病や統合失調症におけるドーパミンの役割を研究し続けました。

 パーキンソン病にかかった患者は脳内ドーパミン濃度の低下を示しますが、統合失調症や注意欠如多動性障害(ADHD)もドーパミン産生の異常、おそらくは過剰産生により引き起こされる可能性があると考えられています。このため、統合失調症の治療に用いられる薬剤がドーパミンの産生を妨げる一方、パーキンソン病の治療に用いられる薬剤は産生を促していることになります。

 アーバスノット教授がエディンバラ大学で統合失調症におけるドーパミンの役割について研究していた時、統合失調症の治療に用いられる薬剤の副作用に予想外のつながりがあることが暗示されました。「用法が正確でなかった場合、統合失調症の治療を受けている患者が振せんや震えなどパーキンソン病の精神症状を呈しました。」と同教授は当時をふり返り、「その後、精神症状、すなわち統合失調症患者の一般的な症状がドーパミン作動薬を投与しているパーキンソン病患者にも発生することがあると気がつきました」と、説明します。そこでアーバスノット教授は、同じ化学物質の産生または放出における障害が、そうしたまったく異なる疾患をどのように引き起こしうるのか、ということに疑問を抱き始めました。そこで、これまでの嗜癖や統合失調症におけるドーパミンの役割に関する研究をふまえ、現在OISTにおいては、ドーパミン濃度がどれくらい低下すればパーキンソン病の患者に影響を及ぼすか、という問題の解明に努めています。

 「今日の科学者にとって、ドーパミンが関連する多様な経路は依然として多くの謎に秘められ、解明が必要です。しかし我々はその問題に取り組むつもりです。科学は、簡単に解決できないからこそ面白いのです。」とアーバスノット教授は付け加えました。

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