研究論文発表までの長い道のり

OIST構造細胞生物学ユニットのグンナー・ヴィルケン博士にとって、研究成果が発表されるまでは紆余曲折を極め、最初に論文を投稿してから4つの大陸に渡った後、数学界の巨匠からの後押しを受け、15年かかって極めて難解な数学的問題を証明するに至りました。

For Gunnar Wilken, a researcher in OIST’s Structural Cellular Biology Unit, the winding path to publication involved four continents, the help of a legendary mathematician, and a very difficult proof.

論文を手にするグンナー・ヴィルケン博士

 研究論文を学術誌に投稿してから実際に掲載されるまで、研究者は時に長い期間待たされることがあります。OIST構造細胞生物学ユニットのグンナー・ヴィルケン博士にとって、研究成果が発表されるまでは紆余曲折を極め、最初に論文を投稿してから4つの大陸に渡った後、数学界の巨匠からの後押しを受け、15年かかってようやく極めて難解な数学的問題を証明するに至りました。

 その長い道のりは1996年までさかのぼります。当時ドイツのミュンスター大学で修士課程の学生として研究をしていたヴィルケン博士は、同大学のアンドレア・ワイアーマン教授の講義で、証明論の研究者たちの間で長年にわたって議論されてきた数学的証明に向けた新たな研究手法について知りました。これは、1970年代に数学者のウィリアム・ハワード博士によって確立されたHoward’s Assignmentと呼ばれる、よく知られているものの理解するのが困難な数学的手法を新たに応用することを目的としていました。好奇心に駆られたヴィルケン博士は、学位研究としてこの新たな研究手法についてワイアーマン教授に師事し取り組みましたが、二人が予想していた以上にずっと難しいプロジェクトでした。それでもヴィルケン博士は1年以内には数学的証明を成し遂げ、学位取得の際には優等学位を授与されました。

 その後ヴィルケン博士はこの研究成果を論文にまとめて学術誌に投稿しましたが、レビューアーからの厳しい評価を受け発表を諦めました。その後、研究者としての経歴を積み、2008年にOISTの数理生物学ユニットに着任しました。この間、ヴィルケン博士の学位研究を引用した論文が発表され、このことが追い風となり、2009年にブラジルで開催された学会において同博士は当時の研究について発表しました。さらにヴィルケン博士は、かつて執筆した論文を修正し、別の学術誌に投稿しました。

 次に驚くべきことが起こりました。投稿した論文の評価を待って数か月後が経ったある日、ウィリアム・ハワード博士本人から直筆で書かれた長文の手紙がヴィルケン博士のもとに届いたのです。80歳を超え、ほぼ既に一線から退いていたハワード博士でしたが、ヴィルケン博士とワイアーマン教授の共同執筆による論文の内容を十分に理解できる人物が他に誰もいなかったことから、その評価を引受けることになったということでした。従来の匿名というやり方ではなく、ハワード博士はヴィルケン博士と直接やりとりすることを希望しました。最初の手紙には、二人がハワード博士の手法を正しく解釈しているとあり、より良い論文に仕上げるための提案もありました。そして、2度目の手紙でのやり取りの後、2010年、ヴィルケン博士は、学会に出席するため渡米した際に、シカゴでハワード博士との対面を果たしたのです。ヴィルケン博士は、ハワード博士の専門分野である神経科学や幾何学について意見を交わしたことを始め、この時のことを、「とても興味深い話ばかりでした。特にあのゲーデルと一緒にプリンストン大学で過ごされた研究休暇中の話はたいへん面白かったです。」と、語ってくれました。(1978年に亡くなったクルト・ゲーデルは20世紀科学史において最も影響を与えた数学者・論理学として知られ、数学基礎論を追究した人物です。)

 研究成果をより明確に読者に伝えるため、ヴィルケン博士とワイアーマン博士の論文は数回にわたり校閲された後、長い年月を経てようやくLogical Methods in Computer Science (ロジカルメソッド・イン・コンピュータサイエンス)に今月掲載されました。これに加え、ヴィルケン博士がOIST着任以前に米国オハイオ州立大学で取り組んでいた研究に関連する論文も最近発表されました。同博士は昨年、旧ユニットからOIST構造細胞生物学ユニットに異動し、分子イメージングのノイズ除去に使われる新しい数式の証明に取り組んでいます。紆余曲折を経て論文発表に至った長い道のりについてヴィルケン博士は、忍耐力、自信、そしてコミュニケーション能力という研究者には欠かせない資質を高めることができた、と振り返りました。

(ショーナ・ウィリアムズ)

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