エボラウイルスのコア構造を解明

未だ確立されていないエボラ出血熱の予防・治療法の開発に向けた大きな一歩

概要

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)生体分子電子顕微鏡解析ユニット(代表:マティアス・ウォルフ准教授)の杉田征彦研究員(現所属:大阪大学蛋白質研究所)らは、最先端のクライオ電子顕微鏡解析により、エボラウイルスのコア構造である核タンパク質―RNA複合体の立体構造を世界で初めて原子レベルで明らかにしました。

 本研究成果は、エボラウイルスがどのように形成されるのかという疑問の解明に大きく貢献するとともに、エボラ出血熱に対する治療法の開発につながることが期待されます。

 研究成果は、科学誌Natureに掲載されました。なお本研究は、OIST、京都大学、東京大学、米国ウィスコンシン大学が共同で実施しました。本研究成果は、日本学術振興会科学研究費補助金事業などの一環として得られました。

 

研究の背景と経緯

エボラ出血熱を取り巻く世界情勢

 エボラウイルスは、ヒトや霊長類に感染し、エボラ出血熱と呼ばれる致死率の高い全身疾患をひき起こす病原体です。西アフリカでは2013年末からおよそ2年間に渡って、過去最大の大流行を引き起こしました。2018年に入ってからもコンゴ民主共和国内での流行が相次いで報告され、9月現在も感染者が増加しています。過去には流行地からの渡航者がアフリカ以外の地域でエボラ出血熱を発症した事例もあり、本病はアフリカ諸国のみならず日本を含めた世界各国にとっても最も対策が必要とされる感染症の一つです。しかし、エボラ出血熱に対する予防・治療法は確立されていません。

エボラウイルスの増殖に不可欠な複合体

 エボラウイルスのゲノム※1は一本鎖のRNAです。このゲノムRNAは多数のウイルス核タンパク質※2と結合して、螺旋状の核タンパク質―ゲノムRNA複合体を形成します(図1)。さらに、この複合体が足場となって他のウイルスタンパク質と結合し、それがウイルスの殻に取り込まれることで、感染性のあるエボラウイルスが完成します。つまり、この核タンパク質―ゲノムRNA複合体はエボラウイルスのコア構造であり、ウイルス形成において中心的な役割を担っています。したがって、核タンパク質―ゲノムRNA複合体の形成を阻害することは、エボラ出血熱の予防・治療戦略の一つであり、その構造を原子レベルで解明することが重要です。しかし、核タンパク質がどのようにゲノムRNAと結合し複合体構造を形成しているかは不明でした。

 

エボラウイルスの模式図 (左図)エボラウイルスは細長い形状をもち、脂質膜、数種類のウイルスタンパク質とゲノムRNAで構成される。(右図)ウイルス内に取り込まれている核タンパク質−RNA複合体は螺旋構造を形成する。      
杉田征彦

 

研究内容

エボラウイルスを使うことなく研究

 本研究では、核タンパク質が細胞のRNAにも結合する性質を利用して、実際のエボラウイルスを使うことなく安全に核タンパク質―RNA複合体を作製する研究手法を用いました。作製した複合体を精製したのち、最先端のクライオ電子顕微鏡※3を用いて、複合体の画像を多数撮影しました。さらに単粒子解析法※4を用いることで、核タンパク質―RNA複合体の立体構造を詳細に明らかにし(図2左)、その原子モデルを構築しました(図2右)。

 

研究で明らかになった核タンパク質−RNA複合体の構造 (左図)クライオ電子顕微鏡によって明らかになった複合体の立体構造。本来、電子顕微鏡構造は無色だが、説明のために核タンパク質を灰色(そのうち1分子を青色で強調)、RNA鎖を赤色に着色している。RNAは複合体の外側に巻き付くように配置されていることが判った。(右図)電子顕微鏡構造(ポリゴンで表示)に基づいて作製した核タンパク質とRNAの原子モデル。核タンパク質(青)には溝状の構造があり、核タンパク質1分子あたりヌクレオチド6個分のRNA鎖(赤)が溝に挟まれるように結合していることが明らかになった。    
杉田征彦

詳細な立体構造からわかった核タンパク質―RNA複合体の正体

 この原子モデルから、核タンパク質とRNA鎖の詳細な構造が明らかになり、RNAとの結合に欠かせない核タンパク質のアミノ酸が同定されました。また、核タンパク質がアームのような形状の領域を使って隣り合う核タンパク質と結合していることや、螺旋構造が静電相互作用によってコンパクトに保たれていることなどが明らかになりました。さらに、本研究から計算されたゲノム全長あたりの複合体の長さが過去に報告されたエボラウイルスの長さと一致したことから、この複合体がウイルス全体の長さを決める物差しのような機能を持つことが強く示唆されました。

 

今回の研究成果のインパクト・今後の展開

エボラウイルス構造の解明と創薬に向けて

 本研究は、エボラウイルスの形成において中心的な役割を果たす核タンパク質―RNA複合体の構造を原子レベルに迫る解像度で詳細に明らかにしました。本構造データは、国際的なデータベースを通じてインターネット上に公開されました。世界中の研究者がこのデータを利用し、エボラウイルス形成機構の全容解明に向けた研究が進展することが期待できます。さらに今後、核タンパク質―RNA複合体に結合してウイルス形成を阻害する化合物の設計など、タンパク質の構造データに基づく創薬に発展することも期待できます。現在、OISTのマティアス・ウォルフ准教授および杉田征彦研究員らの研究グループは、医薬品開発に応用可能な構造基盤データを提供するための研究を継続しています。

 

用語説明

※1 ゲノム

子孫に受け継がれる遺伝情報。ヒトのゲノムはDNAだが、ウイルスはDNAかRNAいずれかの核酸分子をゲノムとして利用する。エボラウイルスはRNAをゲノムとして利用するウイルスグループに属する。

※2 核タンパク質

RNAは、単体では生体環境中に豊富に存在する分解酵素によって容易に壊されてしまう。RNAゲノムを持つエボラウイルスは、核タンパク質を作ってRNAと結合させ、RNAの保護や子孫ウイルス内へのゲノムの輸送などを行う。

※3 クライオ電子顕微鏡

タンパク質や核酸などの生体分子を含んだ溶液を急速に凍結し、液体窒素で摂氏マイナス196度程度の低温を保ったまま電子線を使って撮影する顕微鏡。溶液中の分子を自然に近い状態で観察できるという特徴がある。近年、高性能のカメラや、統計学に基づいたコンピュータープログラムによる画像解析法などの革新的な発達に伴って、この顕微鏡を使って基礎生物学・医学・薬学的に重要な分子の構造が次々と明らかにされている。2017年、クライオ電子顕微鏡法の開発に貢献した研究者がノーベル化学賞を授与された。

※4 単粒子解析法

電子顕微鏡像から、観察対象の三次元構造を再構築する手法の一つ。電子顕微鏡によって得られるのは、様々な方向でバラバラな位置に散らばっている分子が沢山写った二次元投影像である。単粒子解析法では、それぞれの分子の画像を切り出し、画像の角度と位置を合わせ分類し、似た画像を重ね合わせしてコントラストの良い像を得たのち、三次元における方向を計算して逆投影することで三次元構造を再構築する。

 
 
 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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