縞模様か、チェック模様か? グラフェンに似た量子材料で磁場が電子秩序を制御

グラフェンに似た量子材料CeTe₃で、電子パターンがどのように形成され、どのように制御できるのかを明らかにしました。

銅、銀、シリコン──私たちの身の回りにあるほとんどの材料では、電子の挙動はある程度予測することができます。しかし、量子材料では、電子同士が複雑に相互作用することで、多数の電子が協調してふるまう集団的な電子状態が現れます。こうした特異な状態がどのように生まれ、さらにはどのように制御できるのかを解明することは、量子材料研究における重要な課題の一つです。 

今回、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と広島大学の研究チームは、微弱な磁場によって、層状の結晶構造を持つ量子材料CeTe₃の電子状態が、縞模様とチェック模様という競合する二つの状態の間で切り替わることを発見しました。7月23日に学術誌『Nature Communications』に掲載されたこの研究は、磁気が量子材料全体の電子状態をどのように再編成するのかを明らかにしています。 

CeTe₃はセリウムとテルルから構成される物質で、原子が薄いシート状に重なった2次元層状材料です。グラフェンに似て電子がその中を高速に移動できるという特徴をもっていますが、グラフェンとは異なり、セリウム原子上の電子は局在したままである一方、テルル原子上を動き回る電子は、自発的に規則正しい配列を作ります。スピンと呼ばれる量子特性により、局在した電子は微小な磁石のように振る舞うため、電子状態を磁場で操作することが可能になります。しかし、これまで、磁気が電子パターンの変化にどのような影響を与えるのかを直接観測した研究はありませんでした。 

 「CeTe₃は、移動性の高い電子と局在したスピンがどのように協調して働くのかを調べることができる、貴重な研究対象です」と、本研究の共同筆頭著者である広島大学の藤澤唯太助教(元OIST量子物質科学ユニット(主宰:岡田佳憲准教授)ポスドク研究員)は述べています。「私たちは、この協調作用によって集団的な電子状態がどのように生み出されるのかを直接可視化したいと考えました。」 

CeTe₃の結晶構造の2層を示した球棒モデル。
CeTe₃は層状量子材料である。各層は、テルルとセリウム原子(青色)を含む中央層を、二つの導電性テルル正方格子層(金色)が挟む構造をしている。テルル層の電子は移動性が高い一方、各セリウム原子に関連する電子は局在したままである。これらの局在した電子は微小な磁石のように振る舞い、小さな磁気モーメントを生じる(赤い矢印はその一例を示している)。
© 大熊隆太郎

まず、研究チームは走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて、CeTe₃内部の電子の分布を原子レベルで観測しました。絶対零度近くまで冷却すると、縞模様の電子パターンが現れました。その後、磁場を印加すると、その電子パターンはチェック模様へと変化しました。 

「すぐに岡田准教授のオフィスへ駆け込み、『これを見てください!』と報告しました」と藤澤助教は振り返ります。「これほど小さな磁場によって、複数の競合する電子状態が劇的に切り替わる材料は極めて稀です。私たちは非常に驚きました。」 

CeTe₃の電子パターンを原子分解能で示した画像。
絶対零度付近では、CeTe₃の電子パターンは縞模様(左)を示す。微弱な磁場を印加すると、電子は再配列し、チェック模様の電子パターンを形成する(右)。これらの競合するパターンは、走査型トンネル顕微鏡を用いて観測された。黄色は電子密度が高い領域、紫色は電子密度が低い領域を示している。
© 藤澤唯太

では、なぜこの物質はこれほど異なる電子パターンを容易にとることができるのでしょうか? その答えは、物理学者が「フラストレーション」と呼ぶ現象にあります。CeTe₃では、電子はいくつかの異なる低エネルギーパターンをとることができますが、どれか一つが特に選ばれるわけではありません。 

「ほぼ同じ形状の谷がいくつもある地形の上に、ボールを置くと想像してみてください」と藤澤助教は説明します。「わずかな傾斜があれば、ボールは別の谷へと転がり落ちてしまいます。CeTe₃では、磁場がそのひと押しとなり、競合する電子状態間のバランスを変化させ、物質を縞模様からチェック模様へと切り替えるのです。」 

競合する電子パターンを発見した後、研究チームは次に、その根底にある磁気構造の解明に取り組みました。OIST、広島大学、東京大学、琉球大学および高エネルギー加速器研究機構の研究者らからなる別の研究チームが、中性子散乱を用いてCeTe₃の磁気構造を調査しました。中性子散乱は、磁気モーメントの配列を直接明らかにできる手法です。この度、上記の論文と同日に学術誌『Physical Review B』に掲載されたこの補完的な研究により、CeTe₃の磁気秩序が絶対零度付近の温度で予想外に複雑な構造を示すことが明らかになりました。 

「CeTe₃は反強磁性体であり、通常、隣接するスピンは反対方向を向いています。しかし今回の場合、磁気モーメントが、はるかに複雑な周期構造を形成していることが分かりました」と、東京大学の大熊隆太郎助教(元OISTポスドク研究員)は述べています。 

左の図は、上向きと下向きの矢印が交互に並ぶ単純な反強磁性構造を示している。右の図は、CeTe₃の複雑な磁気構造を示している。矢印は磁気モーメントの方向を示し、その長さは磁気モーメントの大きさを表している。
反強磁性構造の中には、隣接する磁気モーメントが反対方向を向く単純なものもあれば、CeTe₃のようにより複雑なものもある。矢印が長いほど磁気モーメントは大きい。点は磁気モーメントが存在しないことを示している。
© ジャック・フェザストーン

注目すべきことに、この磁気構造の周期性─すなわちパターンが繰り返される長さ─は、走査型トンネル顕微鏡で観測された縞状の電子状態と対応していました。これは、CeTe₃の磁気構造と電子構造が密接に関連していることを示す強力な証拠です。 

「私たちの研究は、電子フラストレーションを活用できることを示しています」と藤澤助教は述べています。「電子フラストレーションと磁性を組み合わせることで、微弱な磁場を用いて集団的な電子状態を制御することが可能になります。」 

全体として、これらの発見は、電子フラストレーションが複数の競合する電子状態を生み出し、磁性がその中から特定の状態を選択する手段として機能することを示唆しています。 

「この両者の相互作用を活用することで、電子フラストレーションと磁性が共存する材料において、集団的な電子状態を制御するための新たな戦略が得られる可能性があります。このアプローチは、将来の量子技術やスピントロニクス技術に新たな可能性を開くだけでなく、新しい量子材料において競合する電子相を制御する新たな手法のヒントになるかもしれません。」と藤澤助教は結論付け、将来への期待を語ります。

 

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