生き続ける:網膜神経細胞の生存に必要な遺伝子に注視

ゼブラフィッシュを用いた研究で、strip1と呼ばれる遺伝子は、網膜神経節細胞の生存に重要な役割を果たすとともに、網膜内層が確実に正しく形成されるようにしていることが新たに見出されました。

本研究のポイント

  • 網膜神経節細胞は眼に存在する神経細胞の一種で、視覚に不可欠な細胞である
  • ゼブラフィッシュを用いた新しい研究により、発生中および発生後のこれらの細胞の生存維持には、Strip1と呼ばれるタンパク質が必要であることが明らかになった
  • 網膜神経節細胞内にStrip1が存在しない場合、Junタンパク質が活性化し、これが最終的には細胞の死を誘起する
  • 網膜神経節細胞が死滅すると、網膜構造の内網状層と呼ばれる領域においてに発生障害が生じる
  • Strip1の役割を明らかにすることは、緑内障(失明の主な原因の1つであり、網膜神経節細胞が死滅した際に発症する)治療のための新しい有望な研究手段につながる可能性がある

プレスリリース

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者は、網膜に存在する神経細胞の一種であり、視覚に不可欠な細胞である網膜神経節細胞の生存に必要な遺伝子を特定しました。

2022年3月22日にelife誌で発表された論文において、strip1と呼ばれる遺伝子が有効に働かないゼブラフィッシュ胚では、その発生過程において、大半の網膜神経節細胞が死滅し、網膜内層が正しく形成されないことが明らかにされました。Strip1タンパク質がどのように網膜神経節細胞の生存を維持しているかを発見したことは、網膜の発生について基本的な洞察をもたらすとともに、緑内障などの疾患の治療に新しい有望な道を開くものでもあります。

OISTの神経発生ユニットを率いる政井一郎教授は、「緑内障は網膜神経節細胞の死によって起こる疾患で、世界的に失明の主要原因の1つです」と述べています。「将来、網膜神経節細胞内のStrip1タンパク質経路の全体を明らかにすることは、緑内障患者においてこの細胞が死滅するのを遅らせたり、さらには死滅を防いだりする方法を見つける助けとなる可能性があります」。

政井教授は、博士課程の学生であるマイ・アーメッド(Mai Ahmed)さんとともに、網膜内層の神経回路形成における役割という観点からstrip1遺伝子に関心を持ちました。

「顕微鏡で網膜を観察すると、美しく整った構造が見られます。異なる種類の神経細胞が互いに積み重なり、その間には神経細胞が互いにつながって情報伝達するシナプス層が存在します」と、筆頭著者であるマイ・アーメッドさんは述べています。「これらの神経細胞は、光を感知する光受容体から脳の視覚中枢まで電気信号を伝達します。このような網膜の回路が正しく配線されていなければ、視覚は損なわれます。」

眼は、眼球の奥に光の焦点を合わすことで機能します。そこには光受容体と呼ばれる光を感知する細胞が存在します。これによって活性化された電気信号が神経細胞の層を介して伝達されます。内網状層では、網膜神経節細胞を含む3種類の神経細胞が神経回路を形成しています。特に、網膜神経節細胞の長い突起は軸索と呼ばれ、視神経を形成し、脳の視覚中枢に投射しています。

2000年代初頭、政井教授は当時所属していた理化学研究所の科学者たちと、ランダムに遺伝子変異を導入した数百のゼブラフィッシュ胚を作製しました。そして、これらの変異のうち1つが、内網状層とよばれる網膜のシナプス層に異常をもたらすことを見出しました。OISTでのその後の研究により、この変異はstrip1遺伝子に生じていることが確認されました。

この網膜の異常の背景にある原因を明らかにするため、政井教授のユニットでは、内網状層の神経回路を形成している3種類の神経細胞(網膜神経節細胞、アマクリン細胞、双極細胞)を標識して、strip1遺伝子に変異を導入した場合にこれらの細胞がどのように発生するのかを調べました。

驚くべきことに、3種類の神経細胞はすべて形態および位置に異常をきたすものの、死滅するのは網膜神経節細胞だけであることが判明しました。この細胞が死滅したために、他の神経細胞がこの細胞と置き換わり、層構造に乱れが生じました。つまり、Strip1は神経節細胞の生存、そして内網状層の正しい形態の維持に不可欠です。

Strip1は、正しい網膜構造の形成に必要な細胞である網膜神経節細胞の生存に不可欠である。Strip1が欠損すると、網膜神経節細胞は死滅し、他の神経細胞がこれに置き換わるために内網状層に欠陥が生じる。

その根底にある仕組みを調べたところ、Strip1は細胞死に関連するタンパク質であるJunの活性を抑制することが判明しました。Junとその経路は神経細胞にストレスが加わったときに誘起されます。十分な量のJunタンパク質が活性化されると細胞は死滅します。

「アポトーシスと呼ばれるこの細胞死のプロセスは、ストレスを受けて修復不可能となった細胞を除去するためのフェイルセーフ機構です」と政井教授は説明します。「しかし、網膜神経節細胞は、正常な発生段階において極めて長い視神経を形成する際に、強い代謝ストレス下にあると考えられます。そのため、網膜神経節細胞をJunアポトーシス経路から保護するためには、Strip1が必要なのです。」

さらに重要なことには、Junとその経路は、緑内障患者における網膜神経節細胞の死滅に関与することが知られています。

「緑内障は通常、眼圧の上昇によって視神経が損傷され、網膜神経節細胞が強いストレスを受けてJunが活性化されることによって生じます」とマイさんは言います。「今後の研究で、哺乳類の緑内障モデルにおいてStrip1がJunを抑制できることが明らかとなれば、それは多くの新しい治療法への扉を開くことでしょう。」

論文共著者3名。ゼブラフィッシュ飼育施設にて。左から順番に、小島豊技術員、OIST博士学生のマイ・アーメッドさん、政井一郎教授。

発表論文詳細

論文タイトル: Strip1 regulates retinal ganglion cell survival by suppressing Jun-mediated apoptosis to promote retinal neural circuit formation
発表先: elife
著者: Mai Ahmed, Yutaka Kojima, and Ichiro Masai
DOI: 10.7554/eLife.74650
発表日:2022.03.22

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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