辛抱強い人は楽観的?辛抱強さを促すセロトニン、2つの高次脳領域で異なる働きをすることを解明

セロトニンは投射先によって異なる形で報酬待機行動を促進する

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渋滞に巻き込まれたバスを待ちぼうけたり、大好きな新しい本や映画、アルバムのリリースを辛抱強く待たなければならなかったり。このような経験は誰にでもあるのではないでしょうか。早く良い結果を得たいという衝動を抑制することを学ぶことは、未来の成功のために不可欠であることはよくありますが、辛抱強さが脳でどのように調節されているかは、いまだによくわかっていません。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)神経計算ユニットの宮崎勝彦博士と宮崎佳代子博士らの研究チームは、セロトニンが2つの高次脳領域で異なる働きをすることで辛抱強さを促進させることを発見しました。本研究結果は11月27日、Science Advances誌に掲載されました。

「セロトニンは行動に影響を与える最も知られた神経修飾物質の1つであり、気分、睡眠や覚醒のサイクル、食欲の調節などの働きがあります。私たちの研究は、この神経修飾物質が辛抱強さを促進する上でも重要な役割を果たすことを明らかにしました」と、宮崎勝彦博士は述べています。

最新の研究は、光遺伝学と呼ばれる強力な技術を使用し、脳内の特定の神経細胞を刺激し、セロトニンと辛抱強さの間の因果関係を示した両博士の以前の研究に基づいています。

研究チームは、セロトニン神経細胞に光感受性タンパク質を発現するように遺伝子操作されたマウスの脳に光ファイバーを埋め込み、光でセロトニン神経細胞を刺激して正確なタイミングでセロトニンを放出させる実験を行いました。

研究チームは以前の研究で、マウスがエサを待っている間にこれらのセロトニン神経細胞を刺激すると待つ時間が長くなること、さらにその効果はエサを受け取る可能性が高く、受け取るタイミングが不確かな時に最大になることを発見しました。

「言い換えれば、セロトニンが辛抱強さを高めるためには、マウスはエサがいつ出てくるのかについては不確かで、しかも待っていれば必ずくることを確信していなければなりませんでした」と、宮崎博士は説明しています。

この時はセロトニン神経の起始核である背側縫線核と呼ばれる脳の領域に焦点を当てていました。背側縫線核からのセロトニン神経は、大脳など脳の幅広い領域に投射します。最新の研究ではこれらの脳領域のうちどこが辛抱強さの調節に重要であるかを調べました。

研究チームは損傷した場合に衝動的な行動を増加させることが示されている3つの脳領域、側坐核と呼ばれる脳深部の領域と、前頭眼窩野と内側前頭前野と呼ばれる前頭葉の2つの領域に焦点を当てました。

背側縫線核(DRN)のセロトニン神経(緑色の矢印)は、側坐核(NAc)、前頭眼窩野(OFC)、内側前頭前野(mPFC)など複数の脳領域に投射する。

「衝動的な行動は辛抱強さと表裏の関です。これらの脳領域が辛抱強さに関係する候補になりました」と、宮崎博士は説明しています。

 

待てば海路の日和あり?

この研究では、光ファイバーをマウスの背側縫線核と、側坐核、前頭眼窩野、内側前頭前野のいずれかに埋め込みました。

さらに研究者らは、「ノーズポーク」と呼ばれる、鼻先をエサが出てくる穴の中に入れる行動を、エサのペレットが提示されるまで続ける報酬待機課題をマウスに訓練しました。実験では、75%の試行でエサを与え、一部の課題条件ではエサが出るというタイミングをマウスがノーズポークをしてから6秒または10秒後に固定し、他の課題条件ではエサが出るタイミングを2秒、6秒、もしくは10秒にランダムに変化させました。

残りの25%の試行では、マウスがいくらノーズポークを続けてもエサを与えませんでした。そしてエサが出てこない試行中に、セロトニン神経を刺激したときと刺激しなかったときに、マウスがどれだけ長くノーズポークをするのか、つまりどれだけ辛抱強く待つことがでるのかを測定しました。

マウスの側坐核のセロトニン神経を刺激したとき、ノーズポークする時間に変化はありませんでした。これは側坐核のセロトニンが辛抱強く待つ行動には関与しないことを示唆しています。

一方で前頭眼窩野と内側前頭前野でセロトニン神経を刺激したときにはマウスがより長く待つようになりました。しかしこの2つの脳領域にはいくつかの決定的な違いがありました。

前頭眼窩野では、セロトニン神経の刺激は背側縫線核でのセロトニン神経刺激と同じくらい効果的に辛抱強く待つことを促進しました。これはエサが出てくるタイミングが一定の場合でも不確実な場合でも両方で見られましたが、不確実な場合の効果はより強力でした。

それに対して内側前頭前野では、エサが出てくるタイミングが不確実な場合のみ辛抱強く待つことを促進しました。タイミングが一定の場合ではこの促進効果は見られませんでした。

内側前頭前野(mPFC)、前頭眼窩野(OFC)、側坐核(NAc)それぞれに投射するセロトニン神経(黒い矢印)を刺激したときに、不確実なタイミングでエサが出る課題(例:エサが2、6、10秒後のいずれかで出る)と、一定のタイミングでエサが出る課題(例:エサが必ず6秒後に出る)とで報酬を待つ行動にどのような影響が生じるのかを調べました。その結果、NAcのセロトニン神経を刺激したときには待機行動に特に変化は見られませんでしたが、mPFCのセロトニン神経を刺激すると不確実なタイミングでエサが出る課題でのみ待機行動がわずかに促進されました。さらにOFCのセロトニン神経を刺激すると不確実なタイミングでエサが出る場合には強い待機行動促進効果が見られ、一定のタイミングでエサが出る場合には弱い効果が見られました。破線の矢印の太さは、効果の強さを示しています。

「2つの脳領域での違いは、それぞれが別の方法で報酬待機行動に関与していることを示唆しています」と、宮崎博士は説明しています。

 

辛抱強さのモデリング

さらに研究チームはこの行動を説明するための計算モデルを構築しました。

このモデルでは、マウスはエサが出るタイミングを予測するモデルを持ち、その試行がエサが提示される試行である確率を推定すると仮定します。エサが予想されるタイミングになってもエサが出てこないと、その試行がエサの得られる試行である確率はしだいに低下し、それをもとにエサを待ち続けるかどうかを決定します。さらにモデルは前頭眼窩野と内側前頭前野ではエサが出てくるタイミングの異なる予測モデルを使用し、報酬確率を個別に計算することを前提としています。このモデルで内側前頭前野はタイミングの変動に対してより敏感であると仮定しています。

研究者らは、マウスが当初に期待する報酬確率をセロトニン神経刺激下では75%から94%に増やすことにより、モデルが実験データに最もよく適合することを発見しました。より簡単に言えば、セロトニン神経刺激によりマウスがエサに対する確信度を高めた、つまり待っていればきっとエサは出てくると楽観視するようになり、その結果より長く待つようになりました。

このモデルは、前頭眼窩野と内側前頭前野の刺激ではそれぞれのモデルの当初の報酬確率を75%から94%に増加させたのに対し、背側縫線核の刺激は両方の領域の確率を増加させるとすることで、すべての実験データを再現しました。

「これにより、これら2つの脳領域が互いに独立して報酬の確率を計算し、これらの独立した計算を組み合わせて、最終的にマウスが待機する時間を決定するという仮説が支持されました。この補完的なシステムにより動物は変化する環境に対してより柔軟に行動することができるのではないでしょうか」と、宮崎博士は説明しています。

脳の様々な領域でセロトニンがどのように働くかについての知識を増やすことは、将来の医薬品開発に重大な貢献を与える可能性があります。例えば選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は脳内のセロトニンレベルを高める薬であり、うつ病の治療に使用されます。

「マウスのうつ病モデルを使用した研究は将来的に探求したい分野です。いくつかの遺伝的または環境的条件下で特定の脳領域が機能変化を起こしていることを明らかにするかもしれません。脳全体ではなく脳の特定領域に作用する、より的を絞った治療のための道を開く可能性もあります」と、宮崎博士は語っています。

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