2014-07-03

脳とはどんなコンピュータか ―コンピュータによる再現

 ヒトの脳は、存在するもっとも複雑なコンピュータと言えます。脳の機能を解明しようと、科学者たちは何世紀にもわたり取り組んできました。近年、ようやく技術の進歩が追いつき、脳の機能を分子のレベルで把握できる時代がやってきました。沖縄科学技術大学院大学の計算脳科学ユニットでは、最新のコンピュータプログラミング技術と生化学を組み合わせて、脳の理解を深めるツールの作成に携わっています。エリック・デシュッター教授率いる当研究ユニットでは、コンピュータシミュレータSTEPSを開発し、分子レベルにおける神経伝達経路の研究に役立てています。2009年の公開以来、このシミュレータは改良を重ね進化してきました。この度Frontiers in Neuroinformaticsで発表された論文では、ウェイリアン・チェン研究員が新たに開発した2種類のツールキットにより、STEPSの機能がさらに拡張したことを報告しています。

 コンピュータモデリングを用いることで、研究者たちはデータを収集し、生きた脳内で実際に何が起こりうるかを予測できます。それにより、仮説を検証し発展させ、研究室での実験と併せて研究を進めることができるのです。STEPSのような計算脳科学シミュレータの基盤となるのは、複雑な神経細胞の形態の詳細な再構築です。シミュレーション用の神経細胞形態の再構築は、近年科学的ソフトウェアの進歩によりある程度単純化されたものの、いまだ難しいプロセスであり多くの時間を要します。しかし、本論文で紹介された形状調整ツールキットを利用すれば、神経形態の再構築が簡略化できます。もう1つのツールキットは視覚化ツールキットと呼ばれ、STEPSシミュレーションを視覚化し、再構築された神経形態中でリアルタイムに、動画と数値の両方で見ることを可能にします。これまでSTEPSプログラムにはなかった新機能です。

 本研究でチェン研究員は、ツールキットがどのように機能するか、2つの現象のシミュレーションを例に実証しています。1つ目は、形状調整ツールキットを用いて、神経細胞の複雑な形態により細胞の機能がどのような影響を受けるかを示しています。これは、異常拡散のシミュレーションであり、神経細胞の持つ樹状突起と呼ばれる構造のうち、トゲ状突起の多い樹状突起に取り込まれた分子の方が、トゲ状突起のない、滑らかな樹状突起に入った分子よりも、ゆっくりと拡散していく様子を見ることができます。2つ目のシミュレーションでは、視覚化ツールキットを用い、イオンチャネルが開き、神経細胞内に蓄積されたカルシウムが放出されるときに何が起きるかをシミュレーションします。研究者は、チャネルの開口とカルシウムの放出の影響を、動画と数値の両方で見ることができます。これらの現象は両方とも、過去に行われた実験室での実験や計算モデルによるシミュレーションにより報告されてきました。しかし、細胞の形を簡単に再構築し、これらの現象が起きるのを観察し、リアルタイムで条件を変え操作する機能は、この新しいツールキットにより初めて実現されたものです。

 STEPSプロジェクトは、欧州委員会による世界規模の研究構想「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」の一部として遂行されています。最終的な目標は、神経細胞を分子レベルでモデリングするSTEPSを、他のチームが開発中の細胞レベル・神経細胞ネットワークレベルでモデリングする計算モデルと融合させ、大規模な仮想ヒト脳を創造することです。研究者は、将来この仮想脳を利用し、外傷性脳損傷から医薬品の作用、疾患の影響まで、あらゆる解析ができるようになります。このヒューマン・ブレイン・プロジェクトには、日本の2つのグループが参加しており、計算脳科学ユニットはその1つです。

 チェン研究員にしてみれば、「ただ単純に、脳で何が起きているのか見てみたいのです。また、誰でも簡単に見られるようにしたいと思っているのです。」とのことです。ヒューマン・ブレイン・プロジェクトが、そのような知見を生み出すと思うかとの質問に対し、チェン研究員は、「いつかはその段階に到達するはずだと確信していますが、その前に、きちんとツールが用意されていないといけません」と答えました。チェン研究員のような創意あふれる研究者がいれば、前途洋々と言えるでしょう。

Frontiers in Neuroinformaticsに掲載された論文は、こちらからご覧になれます:
http://journal.frontiersin.org/Journal/10.3389/fninf.2014.00037/full

(エステス キャスリーン)

(エステス・キャスリーン)

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