"STEPS"で脳の謎に切り込む

OIST計算脳科学ユニットの研究者らが、OISTで開発された最先端の計算モデルを用いて小脳の細胞について画期的な発見をしました。

 脳のニューロンは化学的・電気的に互いに情報を伝達しています。化学物質の伝達によってニューロン間のつながりが強まったり、弱まったりし、また、電気的なシグナル伝達によって脳全体にはりめぐるニューロンに瞬時に伝達を行うことが可能となっています。こうした過程は複雑に作用し合い、学習や記憶に関係しています。この度、OIST計算脳科学ユニットのイアン・ヘップバーン技術員と同ユニットに所属していたハルーン・アンワル技術員は共同研究者と共に、OISTで開発された最先端の計算モデルを使用して小脳の細胞について画期的な発見をし、Journal of Neuroscience に論文を発表しました。

 化学的・電気的シグナル伝達の強い相互作用を示す顕著な例が、脳のなかで最大級のニューロンのプルキンエ細胞に見られます。プルキンエ細胞では、カルシウムの突発的な放出(バースト)が起こり、バーストが他のニューロンとのつながりの強さや細胞全体の電位出力を影響します。しかし、バーストの大きさ・形状・持続時間にはばらつきが多く、不規則である原因はこれまで謎に包まれていました。「実験には限界があるため、詳細な研究を行うには計算論的アプローチが必要となりますが、今までそうしたツールは存在していませんでした。これを実現するために、私たちはSTEPSと呼ばれるソフトウェアを開発しました。STEPSは現在、最も有効的で綿密な分子シミュレータのひとつと言えます」とヘップバーン技術員は説明します。こうしたシステムの解明には、「ノイズ」を除去したクリーンな結果をもたらす決定論的手法が歴史的に取られてきました。一転して、STEPSは「確率性」、つまり分子の偶然的な運動と関わりあいをシミュレーションの中に導入することでより現実に近い計算結果を導くことができます。研究の鍵となったのは、複雑なニューロン構造における電気シグナル伝達を正確に計算する新たな手法の開発でした。この実現によって、ヘップバーン技術員とアンワル技術員は、これまでで最も詳細な細胞内シグナル伝達の分子モデルを構築することに成功しました。論文では、イオンチャンネルの確率的な活動、およびカルシウム濃度の空間的・時間的変動性が、カルシウムバーストの大きさ、形態、持続時間に影響を与えることが明らかにされています。

 計算脳科学ユニットでは、将来的に、STEPSを神経科学におけるより有効なツールとするために、スーパーコンピュータ上で応用するための研究を進めています。この研究は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校を拠点とした世界的なプロジェクトである「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト(HBP)」に参画する研究者たちの関心を引きました。HBPは、スーパーコンピュータを用いてヒトの脳のシミュレーション行うことで、脳科学研究に変革をもたらすことを目的としています。OISTは本プロジェクトに日本から参画している2機関のうちの1つです。ヒトの脳の詳細かつ現実的なモデルが、脳や精神疾患の理解を大幅に深めることが期待されています。本プロジェクトでは、OISTとスイス連邦工科大学ローザンヌ校との連携により、STEPSシミュレータが脳内で起こる分子反応のモデル化に活用されることになっています。

研究ユニット

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