ニューラルネットワークの準備を整える

マリアネラ・ガルシア‐ムニョス研究員とヴィオレッタ・ロペス  ウエルタ研究員は、細胞死を引き起こすことで知られていた受容体に、別の役目があることを明らかにしました。

   シナプスとはニューロン(神経細胞)の信号受信部位の名称で、ギリシャ語で「接続」を意味する語に由来します。かつて神経科学者らは、ニューロンはお互いに接続するために1対1の関係を構築すると主張していました。しかしその後の研究によりニューロンは1対1というよりも、むしろネットワークの一部として機能していることが明らかになってきました。ニューロンに伝達される励起が全て出力信号を誘発するわけではありません。励起の中には、ニューロンの状態を変化させ、次の信号に備えてニューロンの準備を整える働きを持つものもあります。沖縄科学技術大学院大学のゴードン・アーバスノット教授率いる行動の脳機構ユニットの研究者たちは、この度、ニューロンがシナプスのすぐ外側の領域で信号を受け取り、受け取った信号が、ニューロンが次の信号を解釈する方法を変化させることを発見しました。マリアネラ・ガルシア‐ムニョス研究員とヴィオレッタ・ロペス ウエルタ研究員などによる本研究の結果、細胞死を引き起こすことで知られていたメカニズムに対し新たな知見がもたらされました。当論文は9月18日付でNeuropharmacology誌電子版に掲載されました。

   神経科学者の間では、長年、受容体を持つのはシナプスのみであると考えられてきました。受容体は、神経伝達物質というボールをキャッチするミットのようなものです。しかしNMDAと呼ばれる神経伝達物質をシナプスの外側に添加したところ、また違う応答が誘発されることに気づきました。そこで、シナプスの中ではなくシナプス周辺に局在する受容体は全て、シナプス外受容体と呼ばれるようになりました。ところが、シナプス外受容体を刺激すると、ニューロンに細胞死をもたらす分子経路が引き起こされることがあります。このシナプス外受容体はアーバスノット教授にとって不可解な存在でした。自己破壊ボタンの機能しか持たない受容体グループの存在は、進化上理にかなわないと推論した同教授は、「おそらく、この経路を使って他にできることがあるのではないか」と考えました。

   ガルシア‐ムニョス研究員とロペス ウエルタ研究員は、シナプス外受容体の役割を見出すため、まず脳切片を用いた研究に的を絞りました。同研究員らは、線条体と皮質をつなげる部位の切片を用いました。線条体は運動機能に関与する脳の部位で、皮質は線条体に信号を送ることで知られています。しかし皮質を刺激することで線条体を興奮させようとしたとき、線条体ニューロンは応答しませんでした。次に、NMDA神経伝達物質を、脳切片上の、NMDAがシナプスとシナプス外受容体の両方に作用する部位に添加しました。するとニューロンの電荷である膜電位が持ち上げられ、ニューロンの感受性が変化しました。膜電位が高ければ、その後与えられる刺激が弱くてもニューロンに活動電位を引き起こすこと(発火)ができます。実際に膜電位が高く保たれた状態では、活動電位が多く発生しました。最後に、同研究員らはメマンチンというアルツハイマー症の治療薬を添加しました。これはシナプス外受容体をブロックすることで細胞死を引き起こす経路を遮断し、認知症の進行を遅らせる医薬品です。メマンチンの作用により、シナプス外受容体が不応答の状態のとき、電気刺激を与えても活動電位は少ししか発生しませんでした。これらの結果から、シナプス外受容体は線条体細胞の膜電位を持ち上げるために必要であり、細胞の感受性を高めることが明らかになりました。

   次に、ガルシア‐ムニョス研究員とロペス ウエルタ研究員はカルシウムイメージング法を用い、シナプス外受容体によるニューラルネットワークの変化を観察しました。神経伝達物質が受容体に結合すると、細胞は電位依存性のチャネルを開口します。そのため正に帯電したカルシウムイオンが細胞膜を通って細胞内に流入することができ、膜電位が上昇します。同研究員らはこの系に色素を加え、カルシウムイオンが細胞に入った際に色素と結合し、その細胞が蛍光を発するようにしました。 「カルシウムは電気的活動の直接的な尺度となるので、カルシウムの変化を観察すればニューロンがいつ活性化されたかわかるのです」とロペス ウエルタ研究員は説明し、 「何百という細胞の活性状態を同時に観察できるのです」と述べました。「蛍みたいなんですよ」とガルシア‐ムニョス研究員が付け加えます。同研究員らはその後再びメマンチンを添加し、シナプス外受容体の働きをブロックしました。するとニューロンの発光の頻度ははるかに低くなり、タイミングもあまり揃わなくなりました。

   これらの実験に基づいて、ガルシア‐ムニョス研究員とロペス ウエルタ研究員は、シナプス外受容体はプラトーを作り出すために不可欠であると結論付けました。プラトーとは、5分の1秒間という比較的長い間、膜電位が持ち上げられたまま維持された状態のことです。プラトーは1000分の1秒近く持続する活動電位を引き起こしはしませんが、この荷電の上昇が、ニューロンを押し上げる、ある種の踏み台として機能するのです。実際アーバスノット教授は、プラトーは信号伝達のために必要だと考えられると話します。 「線条体の細胞は、脱分極状態(「アップ」状態)で、何らかのプラトー状態でなければ活動電位を発生させません」とアーバスノット教授は述べました。脳の他の部位でも同様であれば、また実際その可能性があると当研究グループは考えていますが、シナプス外受容体は脳全体のコミュニケーションに必要不可欠な存在となります。アーバスノット教授が締めくくったように、「プラトーが必要なのであれば、おそらくこれらシナプス外受容体が必要となります。」

 

ラッシュ ポンツィー

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