見るべきか、見ざるべきか

OISTのシギタ・オーガスティネイト研究員は、視床ニューロンの樹状突起電位が網膜から脳の視覚野にかけての視覚情報伝達をサポートするメカニズムについて提唱しました。

   脳は、ニューロン(神経細胞)と呼ばれる小さな要素が集まった複雑なネットワークです。脳内ではニューロンが外界からの情報を伝達・処理しながら状況を認識し、応答を決定させます。個々のニューロンでは、木の枝のように分岐した樹状突起と呼ばれる部位で受け取った信号がニューロンの細胞体に伝わり、その後軸索部分を通して次のニューロンへと送られます。しかし、ニューロンには他にも様々な未知の機能があり、研究者によって現在も探求されています。たとえば、樹状突起が受け取った信号には、次のニューロンまで伝わらないものもあります。このような信号は、その後に来る信号に対するニューロンの処理方法に影響を与えていると考えられます。この機能は、ニューロンが大きなネットワークの一部として働くためのサポート機構だと考えられますが、未だ多くの疑問が残されています。沖縄科学技術大学院大学 光学ニューロイメージングユニットのシギタ・オーガスティネイト研究員は、ニューロンがどのようにネットワーク全体の機能をサポートしているかを説明できるメカニズムを提唱しました。 オスロ大学とOISTの共同研究から生まれた本研究成果は、2014年8月13日付けでThe Journal of Neuroscience (ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)誌に掲載され、その表紙を飾りました。

   オーガスティネイト研究員は網膜から脳の視覚野に信号を伝達する視覚神経の処理経路について研究しています。視覚野は、脳内で眼からの信号を処理し視覚情報として認識・解釈しています。この視覚野に到達する前に、眼からの信号はまず、視覚系視床、つまり視床ニューロンを経由します。このニューロンは、脳の他の領域やニューロンから受け取る信号に応じて、「睡眠状態」と「覚醒状態」を切り替えることができます。視床ニューロンは、動物が起きているときは網膜から視覚野へと信号を伝達しますが、眠っているときは網膜からの信号を遮断するのです。

   一方、視覚野も視床ニューロンに大量の信号を送り返し、網膜から視床を通る信号を制御します。しかし、オーガスティネイト研究員によると、この制御方法を理解するためにこれまで色々なメカニズムが提唱されてきましたが、それらは疑問への解答となるよりも、むしろさらなる疑問を生みだしているとのことです。そこで、理解を深めるために、オーガスティネイト研究員は急性脳スライスを用いて実験を行いました。この急性脳スライスは、脳組織の小さな切片で、切片中ではニューロンが生きており、その神経活動を調べることができます。オーガスティネイト研究員は、細胞体から遠く離れた樹状突起にグルタミン酸を与えることで、視覚野からフィードバックされてくる信号を擬似的に再現し、細胞膜内外の電位の差として現れるニューロンの反応を測定しました。

   オーガスティネイト研究員は、このような刺激をニューロンに与えると、ニューロンの細胞膜が脱分極し、NMDAスパイク・プラトー電位と呼ばれるものが生じることを見出しました。通常、刺激が強い場合、脱分極が引き金となってニューロンに活動電位を発生させます。この活動電位は軸索を通って 他のニューロンに伝わり、そのニューロンに活動電位を発生させます。活動電位とは1ミリ秒ほどの瞬間的な膜電位の変化であり、網膜から視覚野への信号伝達も活動電位が伝導することにより行われます。しかし、もしNMDAスパイク・プラトー電位によっても活動電位が誘発されてしまうと、視床ニューロン上で視覚野からの信号と網膜からの信号が重なってしまうことになります。今回、オーガスティネイト研究員の実験により、視床ニューロン中のNMDAスパイク・プラトー電位は、活動電位を引き起こさないことが示されました。その代わり、細胞膜の電位を上げることで数百ミリ秒間視床ニューロンが活動電位を発生しやすい状態にさせ、網膜から視覚野への信号伝達が安定して行われる状態が作られるのです。

   オーガスティネイト研究員が所属する研究ユニットを率いるベアン・クン准教授は「樹状突起電位が何の役に立っているのか、この研究によりはじめて明確な知見がもたらされました」と述べたうえで、「本成果は、まさにネットワークの制御メカニズムについて説明するものです。」と結論づけました。今回樹状突起の特殊な興奮機能が明らかになったことで、ニューロンがどのようにネットワークを形成し働くのかという大きな謎の解明に向け、重要な一歩が踏み出されました。「ある入力信号が、ネットワークにおける他の入力信号の伝達をコントロールするような神経回路は他にも多くあり、今回明らかになったメカニズムが使われている可能性があります」とオーガスティネイト研究員は述べたうえで、「このメカニズムはニューロンネットワークを説明する一要素として興味深いものですが、大きなパズルを組み立てていくほんの始まりにすぎません。」と語りました。

 

ラッシュ ポンツィー

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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