脳内意思決定経路のマッピング

私たちが“いかに選択をするか”に関わる脳の新たな領域が明らかに

私たちは毎日、数え切れないほどの決断を下しています。そのほとんどは、食べるものや着るものを選ぶといった小さくて取るに足らないものです。しかし、例えば成績を上げるために友人と過ごす代わりにもっと勉強する、と決断する時のように、より複雑で潜在的な損益を考慮しなければならない場合もあります。

このような意思決定は、私たち自身の価値観や好みによって形成されていますが、脳がどのようにしてこのような選択をしているのかについては、まだ十分に理解されていません。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者たちは、費用対効果(コストベネフィット)のような意思決定に関与している可能性のある、脳の新たな領域を発見しました。

「これまで多くの神経科学者は、脳の各領域が顔の認識や記憶、運動などの特定の機能を担っていると考えていました。しかし、実際には脳ははるかに複雑で、認知プロセスは脳全体に分散したネットワークによって実行されており、多くの異なる脳領域が通信を行っていることが近年になってわかってきました」と、筆頭著者であり、元OIST学生でOIST行動の脳機構ユニットのジュニアリサーチフェローであるビアンカ・シーファリッツ博士はコメントしています。

意思決定などの認知能力がどのように機能するのかを完全に理解するためには、科学者らはまず、脳のどの部分がお互いにつながっているのかを解明する必要があります。これらのつながりは、ニューロンと呼ばれる特殊な細胞によって形成されます。ニューロンには細長い突起があり、脳の異なる領域にある他のニューロンに信号を送ることができます。

しかし、このようなつながりをマッピングするのは簡単ではありません。「ある脳領域と別の脳領域がつながっているかどうかを特定するような単純なものではないのです。というのも、各脳領域内には、多くの異なるタイプのニューロンやサブクラスが存在し、まずそれらを識別する必要があります。さらに、各ニューロンのサブクラスは、脳のひとつの領域としかつながりを持たず、ひとつの特定の機能にしか関わっていない場合もあります。そのため非常に厄介で複雑なのです」と、とシーファリッツ博士は説明しています。

Brain Structure and Function誌に発表された今回の研究では、シーファリッツ博士は、脳の中でも「視床腹内側」と呼ばれる領域を調べました。この領域は主に運動に関与しており、この領域の機能異常はパーキンソン病の症状と関連があります。しかし多くの神経科学者は、この領域には他の未発見の機能があると考えています。

視床下部の多くのニューロンは運動皮質とつながっていますが、さらに前頭前皮質にまで達しているニューロンもあります。前頭前皮質は脳の前部にあり、人格の表現や言語の理解など、より複雑な認知行動に大きな役割を果たしています。

しかし、前頭前皮質は巨大で何百万ものニューロンで構成されているため、今回の研究では、その中のごく小さな領域である前辺縁皮質に焦点を当てました。左右の脳半球が出会う場所に位置する前辺縁皮質は、恐怖心の条件付け、作業記憶、意思決定に役割を果たすことが以前から明らかにされています。

視床下部のニューロン(赤色)は、前頭前皮質(灰色)内の領域である前辺縁皮質(青色)へとつながっている。

シーファリッツ博士は、ラットの脳切片に異なる化学マーカーを用いて、前辺縁皮質の最外層にあるそれぞれのニューロンの末端と視床腹内側からのニューロンの末端を染色しました。そしてニューロンの末端が互いに合流し、接合しているポイント、すなわちシナプスを形成している場所を特定しました。

そうして博士は、前辺縁皮質内で形成されるシナプスのほとんどは、皮質線条体ニューロンと呼ばれる特定のサブクラスのニューロンとの間にあることを発見しました。

「前辺縁皮質の皮質線条体ニューロンは、コストベネフィットの意思決定に重要です。もし、視床腹内側が皮質線条体ニューロンに信号を送っているのであれば、視床腹内側もコストベネフィットの意思決定において役割を果たしていることを意味している可能性があります。」と、シーファリッツ博士は説明します。

さらに興味深いことに、博士は、視床腹内側からのニューロンが前辺縁皮質の抑制性ニューロンにも信号を送っていることに気付きました。抑制性ニューロンは、他のニューロンの発火を遅らせたり、停止させたりすることで、脳の活動を注意深くコントロールするのに不可欠です。

「これらの抑制性ニューロンが実際に大脳皮質の下まで伸び、脳の深層にある皮質線条体ニューロンに接合し、活動を抑制している可能性があることは知られています。したがって、視床腹内側からのニューロンと抑制性ニューロンとの間のシナプスは、皮質線条体ニューロンの活動を微調整している可能性があるのです」と、シーファリッツ博士は説明します。

シーファリッツ博士は、今回の研究結果は、コストベネフィットの意思決定には視床下部が関与していることを示しているものの、認知プロセスにおける視床下部の正確な役割を明らかにするためには、さらなる研究が必要であると強調しています。研究チームは現在、ラットを対象とした行動研究を計画しており、ラットが高コストで高品質の餌を選ぶか、低コストで低品質の餌を選ぶかで、視床突起からの信号が変化するかどうかを調べることを計画しています。

この単純な行動実験では、ラットが、彼らにとっては不快な明るい照明下で提供される質の良い餌と、彼らにとって心地の良い薄暗い照明下で提供される質の低い餌のいずれかを選択する。ラットがどちらの選択をするかは、視床下部からの信号が影響している可能性がある。

この研究により、コストベネフィットの意思決定という複雑なプロセスの根底にある回路の理解に一歩近づくことになります。「神経科学は巨大なジグソーパズルのようなもので、誰もがごく一部しか研究することができません。しかし、私たちの研究がすべて組み合わされたとき、うまくいけば、より大きな全体像が見えてくるでしょう。」

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

シェア: