レーザー、MRI、半導体、量子コンピュータ──現代の革新的技術の多くは、量子力学の研究成果の上に成り立っています。しかし、その研究対象は主に、人間の感覚では捉えられない原子や亜原子の極めて小さな世界の現象でした。
重力の影響を無視できないほど大きな質量を持つ物体で量子現象を実証することは容易ではありません。大きな物体は、ナノスケールの粒子に比べ、熱や振動などの環境ノイズから隔離することがはるかに難しいためです。
このたび、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、電子スピンが生み出す力だけを利用して、空中に浮上した直径数センチメートルのダイヤモンドを動かすことに成功しました。重力下にある物体を量子効果が直接動かす様子が観測されたのは、これが初めてです。
本日、学術誌『Science Advances』に掲載された本研究は、古典物理学と量子物理学の境界を研究するための新たな基準を打ち立てるものです。また、宇宙の根源的な性質の解明に向けた研究を前進させるだけでなく、暗黒物質や重力波などの現象を検出できる高精度な次世代センサーの開発にもつながる可能性があります。
OIST量子マシンユニットのジェイソン・トゥワムリー教授は次のように説明します。「量子力学の法則が数十ナノメートルを超える大きさの物体にも当てはまるのかどうかを検証する試みは数多く行われてきましたが、これまで成功した例はありませんでした。今回私たちは、これまでの最先端のスピン力学実験で扱われてきた物体よりも8〜9桁(1億~10億倍)大きな質量を持つ物体に対して、量子力学的な力によって生じる古典的な力学応答を観測することに成功しました。」
窒素空孔(NV)中心を含むダイヤモンドに50ミリワットの緑色レーザーをパルス照射し、その動きを干渉計で測定した結果、スピンに由来する力の変化だけによって生じる上下運動(青線)が検出された。この運動は、レーザーを照射していない時に観測された動き(オレンジ線)よりもはるかに大きかった。
© Nayak et al., 2026
磁石、不純物を含むダイヤモンド、そしてグラファイトが物理学をつなぐ
古典物理学と量子物理学は、扱うスケールの違いによって長らく隔てられてきました。古典物理学の一般相対性理論では重力が中心的な役割を果たしますが、量子現象が観測されるナノメートルスケールでは重力の影響は極めて弱くなります。一方、「位置の重ね合わせ」と呼ばれる、粒子が測定されるまで異なる場所に同時に存在する量子現象は、これまで微視的な世界でしか実証されていません。
筆頭著者であるOIST量子マシンユニットの博士課程学生アンシュマン・ナヤックさんは次のように説明します。「重力の量子性を検証するには、最終的には十分な質量を持つ物体を量子重ね合わせ状態に置く必要があります。また、そのような物体は環境ノイズの影響を最小限に抑えるため、真空中で浮遊させなければなりません。従来のアプローチでは、極めて小さな物体を浮遊させることから始め、重力の影響が顕著になるまで徐々に質量を大きくしていくものでした。しかし、光トラップなどの従来技術では巨視的な物体を浮遊させることは非常に困難です。そのため私たちは逆の発想をとりました。つまり『大きなものから小さなものへ』です。反磁性浮上はリニアモーターカーを浮上させることができますが、同じ仕組みでダイヤモンドを保持した直径数センチメートル規模の物体も浮遊させることができます。このスケールでは重力の影響が非常に大きくなりますが、そのような物体で量子効果が観測された例はこれまでありませんでした。」
研究の鍵となったのは、同チームがこれまでに開発・実証してきた複数の小型装置を組み合わせたことでした。具体的には、鏡を取り付けた反磁性によって浮上させたグラファイト板に、磁石の上方に吊り下げられたダイヤモンドを、磁気シールドを貫通する炭素繊維ロッドで接続した装置です。このダイヤモンドには数十億個の窒素空孔(NV)中心が含まれています。NV中心は不対電子を閉じ込めており、その量子スピンによって制御可能な微小の量子磁石として機能します。ダイヤモンドに緑色レーザーを周期的に照射すると、NV中心のスピン状態が特定の状態に偏極し、ごく微小な磁気変動が生じます。その結果、ダイヤモンドを下向きに押す力が発生します。
共著者であるOIST量子マシンユニットの博士課程学生キム・デヒーさんは次のように述べています。「NVダイヤモンドは、その性質がよく理解されており、制御しやすいという特徴があります。また、ダイヤモンド中の窒素空孔(NV)中心は、他の量子系と比べて非常に長いコヒーレンス時間を持つことが知られており、そのため室温でも量子重ね合わせ状態を他の系よりもはるかに長く維持できます。こうした特性から、将来的に物体の運動や物体そのものの巨視的な量子重ね合わせ状態を実現するうえで、非常に有望な系であると考えられています。」