並列計算で脳機能のさらなる解明に

OIST研究者が開発した新しい計算ソフトウェアは、従来よりも何百倍も速い計算能力があり、ニューロンやその機能をネットワークとして理解するために役立ちます。

   実際のニューロンを研究対象とする実験系の神経科学者とは異なり、神経計算科学者は、シミュレーションモデルを使用して脳の機能を調べます。多くの神経計算科学者たちがニューロンの簡素化された数学モデルを使用する中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の計算脳科学ユニットでは、ニューロン機能のさらなる解明を目的として、分子相互作用の詳細レベルまでニューロンをモデル化するソフトウェアを開発しています。従来は、詳細なニューロンモデルを実現するためには膨大な計算力が必要とされたため、ソフトウェアの応用範囲はごく限られたものでした。しかしこの度、OISTのウェイリアン・チェン博士、イアン・ヘップバーン博士が、研究ユニットを主宰するエリック・デシュッター教授と共に、新たに開発した高速計算ソフトウェア「Parallel STEPS」の精度と拡張可能性について記した二つの論文を発表しました。これらの研究結果を総合すると、それぞれのニューロンがどのように機能して、どのように情報のやりとりをしているかについて、Parallel STEPSは新たな知見を導き出せる可能性があるということです。

   The Journal of Chemical Physics誌に2016年8月に掲載された一つ目の論文は、「Parallel STEPS」が従来の方式に匹敵するくらいの精度があることに焦点を当てました。従来のやり方では、ニューロンにおける化学反応と分子拡散に関する計算は、「コア」と呼ばれる単一の計算ユニットの上で連続的に計算されていました。一方、イアン・ヘップバーン博士が同僚の研究者と共に導入した新たなやり方では、高度なシミュレーション精度を維持しながら、ニューロンの反応と分子拡散の計算を並列して行い、複数のコアに分配します。この研究でカギとなったのは、オリジナルのアルゴリズムを、ひとつは化学反応を計算する部分、もうひとつは拡散反応を計算する部分と言うように、二つの部分に分けて開発したことです。

   ヘップバーン博士は、「私たちは、シンプルな拡散モデルから現実的な生物学的モデルまで、様々なモデルをテストしました。そうして、精度の損失を最小限にとどめた並列方式を使い、より改善された性能を引き出すことができたのです。この研究結果は、この方法がより大きなスケールで適用できる可能性を示唆しています。」と、コメントしています。

   また、今年2月にFrontiers in Neuroinformatics誌に掲載された関連論文では、ウェイリアン・チェン博士がParallel STEPSの実装の詳細と共に、その性能と応用の可能性について発表しました。チェン博士らは、脳にある最大のニューロンのひとつであるプルキンエ細胞の部分モデルを50から1000のセクションに分けて、OISTのスーパーコンピュータ、通称Sangoを活用して各セクションにおける反応と拡散を並列してシミュレーションすると、計算速度が劇的に向上することを見出しました。研究員らはこのアプローチを、シンプルなモデルとより複雑なモデルであるプルキンエ細胞におけるカルシウムバーストの両方でテストし、従来型の方法に比べ、この並列計算方式が何百倍も計算速度を上げることを実証しました。

 

プルキンエ細胞の部分モデル(A)を、50(Bの上図)から1000(Bの下図)のセクションに分けて、スーパーコンピュータ上で各セクションにおける計算を並列して行うことで、OIST研究員らはモデルのシミュレーション時間を劇的に削減することができた。

   チェン博士は次のように述べています。「この二つの研究結果において、Parallel STEPの実装により性能が劇的に向上し、素晴らしい拡張性も確認されました。以前は何ヶ月ものシミュレーション期間を要した類似したモデルが、数時間・数分単位で達成できるようになりました。このことは、私たちがさらに複雑なモデルを開発及びシミュレーションでき、より短い時間で脳についてさらに学ぶことができるということを意味しています。」

   エリック・デシュッター教授率いるOIST計算脳科学ユニットのヘップバーン博士とチェン博士は、細胞膜の電場シミュレーションも組み入れたより強固なParallel STEPS開発に向け、スイス連邦工科大学(EPFL)を拠点に、世界的な取組みとして進められてている「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」と積極的に共同研究をしています。

   今までのところ現実的にSTEPSは、ニューロンの一部モデル化のみに能力を発揮しますが、計算脳科学ユニットではParallel STEPSの機能を活用し、ニューロン全体、ひいてはネットワークにおけるニューロン同士の相互反応のフルスケールモデルを開発したいと考えています。EPFLの研究チームと共同研究を行い、同研究所にあるIBM製「Blue Gene/Q」スーパーコンピュータを使用することで、これらの目的を近い将来達成させることを目指しています。

   エリック・デシュッター教授は、「現在はスーパーコンピュータのおかげで、私たちはニューロンにおける分子レベルの活動を以前よりもかなりはっきりと研究できるようになりました。私たちの研究は世界に先駆けて、生物化学と電気生理学をリンクさせた計算脳科学への道を拓いたのです。」と述べ、本研究の意義を強調しました。

 

左から)OISTのSangoスーパーコンピュータの前にて、ウェイリアン・チェン博士、イアン・ヘップバーン博士、エリック・デシュッター教授

研究ユニット

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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