新しい形の大学をつくる、試行錯誤の15年

15周年の節目に現役学生が聞く、OISTのこれまでとこれから

「中学生の頃にサイエンスフェスタで初めてOISTを訪れました。当時はまさか、自分がここで研究するとは思っていませんでした」

そう語るのは、沖縄県うるま市出身で、現在沖縄科学技術大学院大学(OIST)の博士課程に在籍する長濵奈甘乃さんです。もう一人の聞き手を務めるジュンホ・イさんは、国際的な研究環境と研究水準の高さに魅力を感じ、OISTへの進学を決めました。二人の現役学生が、OISTの草創期を知る教員・職員、そして卒業生に、これまでの歩みと未来への展望を尋ねました。

対談の全編は、以下の動画からご覧いただけます。 

沖縄で始まった「新しい大学」の実験

沖縄科学技術大学院大学先行研究事業に2004年から参加した銅谷賢治教授は、当時を振り返り、「沖縄に本当に世界レベルの研究大学をつくれるのか」を検証する、いわば実験のような取り組みだったと語ります。世界から研究者を集め、沖縄で研究成果を生み出せるかを試すところから始まり、実績を積み重ねた末、2011年にOISTは大学院大学としてスタートしました。

英語を公用語とし、世界中から研究者や学生を受け入れること。学科の壁を設けず、研究者が自ら選んだ課題に取り組むこと。そして、既存の大学の慣習に縛られず、異なる国や地域の経験を持ち寄って大学のあり方そのものを考えること。銅谷教授は、こうした点がOISTの大きな特徴だと説明します。設立当初は神経科学や物理学などが中心でしたが、現在は化学、海洋科学、計算科学、数学などへ研究領域が広がりました。一方で、規模が拡大しても「誰とでも話ができるコミュニティ」であり続けていることも、OISTが誇るべき特徴の一つだといいます。

学際的な環境で、未知を切り開く

OISTが重視する学際研究とは、異なる分野の技術を取り入れるだけではありません。別の分野の考え方に触れることで、研究課題の立て方そのものを見直し、新たな発想を得ることでもあります。AIや計算科学が多くの研究分野に関わり、科学技術が社会を大きく変える現在、自然科学と人文・社会科学との対話もますます必要になっています。

心理学と神経科学を組み合わせてADHDを研究する長濵さん自身も、こうしたOISTの学際的な環境を体現する一人です。

若い研究者に求められる力について、銅谷教授は「決められたキャリアパス」を進むことよりも、未知の領域を切り開くための知力と体力、自ら問いを見つける力が重要だと強調しました。必要な情報を集め、さまざまな方法を試し、分野を越えて人に問いかける。OISTの柔軟な教育環境には、その力を身につける狙いがあります。

一人ひとりが、OISTをつくってきた

OIST博士課程の第3期生として2014年に入学したトーマス真紀さんは、当時を「教授、学生、職員の距離が近い、家族のようなコミュニティだった」と振り返ります。子育てと研究を両立し、コロナ禍も経験する中で支えとなったのは、悩みを率直に話せる環境と、多様な経歴を持つ仲間たちの存在でした。

OISTの博士課程と学生支援の仕組みづくりに携わってきた東恩納こずえさんに、印象に残っている学生を尋ねると、答えは「全員」。特に初期の学生たちは、整備途上の環境で職員と議論し、時にはぶつかりながら、一緒にOISTをつくった「同志」だったといいます。東恩納さんが学生に期待するのは、OISTに満ちている可能性を生かし、まず一歩を踏み出すことです。自ら提案し、周囲に相談し、大学や所属を越えて仲間を巻き込む。その経験を通して、多様な人をつなぎ、新しい道を開く科学リーダーへ成長してほしいと語りました。その一例が、イさんが中心となって進める「iGEM Okinawa」です。OISTだけでなく、琉球大学、沖縄工業高等専門学校など県内の教育機関から学生を集め、合成生物学の国際大会に挑戦。世界の舞台を経験する機会を、沖縄の若い世代へ広げています。

次の15年は、社会へ還元する時間に

対談で浮かび上がったのは、OISTの最初の15年が、新しい大学の形を探し、試行錯誤しながら研究・教育の基盤をつくる時間だったということです。

では、次の15年に何を目指すのか。東恩納さんは、OISTが培ってきた国際的な学生支援の知識や経験を、日本の他大学とも共有していきたいと話します。トーマスさんは、研究やデータを沖縄の環境保全や持続的な発展へつなげることを展望します。銅谷教授は、OISTの国際的な教育研究環境から得られた知見を広く伝え、日本全体の研究・教育環境の向上に貢献する役割を挙げました。「次の15年は、還元できる15年になっていけたら」

研究成果だけでなく、教育、学生支援、国際化、イノベーション、そして沖縄で育まれた人と人とのネットワークを社会へ届けていく。OISTは今、大学の形を模索する段階から、そこで得た価値を沖縄、日本、そして世界と共有する段階へ進もうとしています。

OISTの最初の15年は、人に機会を届けてきた15年でもありました。その機会を受け取った学生たちもまた、次の挑戦を生み出し始めています。

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