秩序からカオスへ——スピングラスが生まれる瞬間と条件を初めて実験で提示

7年間にわたる単結晶の精製により、スピングラスの定義が実験的に確認され、エキゾチック物質の研究における新たな基準が確立されました。

この宇宙を形作る素粒子は厳密な物理法則に支配されていると言われているのに、なぜ宇宙にはこれほどまでに無秩序が広がっているのでしょうか。無秩序やカオスに見える現象の背後にある何らかの秩序の存在の是非に長年興味がもたれてきました。

こうした本質的な謎に迫るための有力な手法の一つが、スピンの集合体の研究です。スピンとは、電子が小さな棒磁石のように振る舞い、上向きまたは下向きという特定の向きを取る量子的な性質のことです。隣接するスピンは、強磁性体では同じ向き(↑↑)、反強磁性体では交互の向き(↑↓↑↓)に整列します。このような単純なルールを持つスピン系は、秩序やカオスに見える現象の背後にある何らかの秩序の存在の是非を探る上で、有望なモデルになりえます。

スピンの理論はよく確立されている一方で、スピンがバラバラで無秩序な状態を観察するための条件を見出すことは簡単ではありません。これまでにも物理学者は、この重要な問題に挑んできましたが、物質内部で秩序が無秩序へと移り変わる過程を追跡できるまでには至っていません。

本日、学術誌『Matter』に掲載された研究で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)電子・量子磁性ユニットの研究チームは、高秩序な反強磁性の結晶に化学的乱れを少しずつ加えながら、それをスピン秩序の結晶に変遷させる過程を観察することに成功しました。本研究は、エキゾチック磁性研究の水準を一段引き上げるとともに、これまで理論物理学と材料科学の間に根本的な隔たりをもたらしていた、いわゆる「スピングラス」について、実験的に裏付けられた定義を提示しました。

「物理学者たちは50年以上にわたり、まるで『群盲象を評す』ような状態でスピンの無秩序状態に取り組んできました」と、責任著者のイェジュン・フォン教授は語ります。「私たちはその“象”を誕生の時点から育て上げ、その一生を追跡したのです。7年を要しましたが、この手法が古典物理学と量子物理学の両分野において、新たな発見への道を開くと確信しています。」 

材料の純度が低下するにつれて、短距離および長距離秩序の挙動、ならびにスピングラス挙動がどのように変化するかを示したグラフ。
ガリウム(Ga)による結晶ドーピングにより鉄(Fe)濃度が低下するにつれて、亜鉛フェライトにおける秩序とスピングラスがどのように並行して変化するかを示した図。磁化率(Tx)および熱容量(Tc)を用いて評価している。最も純度の高い状態では、結晶は反強磁性(長距離)秩序(水色の領域)を示すが、これが急激に低下し、短距離秩序が支配的となる。興味深いことに、短距離秩序が最初に低下する段階でスピングラス挙動(灰色の領域)が現れる。これは、短距離秩序も長距離秩序もスピングラスの発現条件ではないことを示唆している。
© ドロノバほか(2026年)

磁気的フラストレーション、化学的無秩序、凍結スピン

磁性体において「秩序」とは、空間内でスピンがどの程度相関しているかを表します。通常の強磁性体や反強磁性体を特徴づける「長距離秩序」は、物質全体にわたってスピンが整列している状態です。一方で、長距離秩序が存在しないからといって、スピンが完全にランダムであるとは限りません。局所的にスピンの相関が保たれている場合には「短距離秩序」が存在し得ますが、その相関は長い距離までは持続せず、一定のスケールで減衰します。さらに、古典的あるいは量子的なスピン液体をはじめとする、さまざまな興味深い磁性状態が存在することも知られています。これらのエキゾチックな物質は、宇宙や物質の基本的な性質を理解する手掛かりとして、長年にわたり研究されてきました。

無秩序状態は、化学的不純物または磁気的フラストレーションのいずれかによって生じます。フラストレーションは、強磁性と反強磁性の競合する相互作用が同時に満たされない状況を指します。量子スピン液体では、このフラストレーションにより、ほぼ絶対零度においてもスピンが絶えず揺らぎ続け、特定の配置に凍結することなく、コヒーレントな揺らぎを伴う短距離秩序を保ちます。このような性質から、量子スピン液体は情報を量子状態のまま保持できる可能性があり、量子コンピューティングへの応用が期待されています。

従来、スピングラスは、相関を持ちながらもフラストレーションを伴う相として理解されてきました。この状態では、ある臨界温度を下回ると、スピンはバラバラのまま固定され、古典的スピン液体に見られる揺らぎに満ちたカオス状態がそのまま凍結されたような状態になります。このような性質のため、スピングラスは、スピンの無秩序状態のあり方を理解する上で重要な研究対象とされてきました。

スピングラスは独立したスピンから生じる

スピングラスの理論的性質は十分に確立されており、その基礎となる数学は、タンパク質フォールディングからニューラルネットワークに至るまで、さまざまな分野の発展に寄与してきました。しかし、その実体や構造、材料特性、さらにはスピン無秩序の程度に関する不明点のため、実験的にどのように実現されるのかは依然として明確ではありませんでした。

事実関係を明確にするため、研究チームは亜鉛フェライトに着目しました。この物質は広く研究されてきましたが、スピン液体とスピングラスの両方の性質を示すとされてきました。長年にわたる改良の結果、研究チームは、これまでにないほど無秩序の少ない、極めて整ったフェライト結晶の作製に成功しました。しかし、それは本格的な探究の始まりに過ぎませんでした。

黒色のスピネル型結晶のアップ画像。
本研究のために作製されたスピネル型亜鉛フェライト。
© マルガリタ・ドロノバ(OIST)

「亜鉛フェライトは、これまで多くの矛盾を抱えていました。スピン液体とスピングラスの両方で見られる、短距離秩序に特徴的なエキゾチックな磁性の兆候を示していたのです。しかし、不純物を取り除くと、長距離秩序を持つ単純な反強磁性体として振る舞いました」と、OISTでの5年間の博士課程研究が本研究へと結実したマルガリタ・ドロノバ博士は振り返ります。「言い換えれば、スピン秩序は化学的純度によって変化しているように見えました。そこから、スピン秩序の程度を制御できるのではないかと考えるようになったのです。」

その後数年間にわたり、研究チームはガリウム(Ga)イオンの量を段階的に増やしながら、結晶にドーピングしていきました。この操作により、鉄サイトに限定された化学的無秩序が導入されました。その結果生じたスピン秩序は、中性子磁気散漫散乱、磁化率、および熱容量の測定によって捉えられました。さらに、不純物濃度の異なる試料について、複数の測定結果を突き合わせて比較することで、研究チームはスピン無秩序の変遷を描き出すことに成功しました。その結果、実験的な観点からスピングラスの定義を明確にすることができました。フォン教授は次のように続けます。

「結晶に少しずつ不純物を添加していくにつれて、長距離秩序と短距離秩序がどのように競合するかを段階的に観察することができました。しかし同時に、従来の定義とは異なり、スピングラス挙動は短距離秩序とは独立して現れることも明らかになりました。相関したスピンのクラスターが形成される前に、スピングラスは孤立した、相関のないスピンから生じていたのです。」

この再分類は、スピングラスに関する実証研究を解釈する上で不可欠な文脈を提供します。さらに、この手法は量子スピン液体の研究に対しても、より堅牢なアプローチを示しています。「エキゾティック物質相を真に理解するためには、基準となる状態を深く理解することが必要です」とドロノバ博士は語ります。「本研究により、広く研究されてきた物質において確かな基盤を築くことができ、それによってスピングラスの定義を自信を持って見直すことが可能となりました。これが理論と実験の間の隔たりを埋め、他の興味深い物質に関する今後の研究の道標となることを期待しています。」

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