水滴が“爆発”する――蒸発が3Dプリンティングと化学分析を変える

144年前の理論を、水滴の蒸発実験で拡張

水滴――一見、ごくありふれたものに思えるかもしれません。しかし、蒸発が進むにつれて、互いに競合する物理的要因がせめぎ合い、爆発的な現象を引き起こすことがあります。学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に発表された新たな研究において、研究チームは摩擦のない表面上にある帯電した水滴の振る舞いを詳しく調べ、自発的に微小な液滴が噴き出すジェット状の放出が起こることを観測しました。この知見は、ナノスケールの加工技術やエレクトロスプレーイオン化といった分野において、新たな応用の可能性を切り開くものです。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)液滴・ソフトマターユニットを率いるダン・ダニエル准教授は、次のように述べています。「雨のしずくからスプレーコーティング、質量分析からマイクロ流体工学、くしゃみから宇宙船の排気まで、帯電液滴は驚くほど幅広い場面に登場します。今回の観測により、蒸発する帯電液滴に関する新たな物理的理解が得られ、幅広い産業応用の可能性も期待されます。」

米国物理学会(APS)の「ミルトン・ヴァン・ダイク賞」を受賞したこの動画では、本研究の基礎となる現象を解説している。蒸発する液滴は次第に縮小し、ある点に達すると周期的に爆発して、微小液滴の細い噴流を放出する。
© Lin et al., from APS Division of Fluid Dynamics Gallery of Fluid Motion

144年前に始まった研究

19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した物理学界の巨匠で、流体力学分野の先駆者であるレイリー卿は、1882年に帯電液滴の安定性に関する理論を打ち立てました。その中で、のちに「レイリー限界」として知られる閾(しきい)値を特定し、この閾値を超えると、蒸発する帯電液滴は「クーロン分裂」と呼ばれる過程を起こすことを示しました。簡単に言えば、液滴が「爆発する」ということです。

レイリー卿の予測はその後、浮遊する液滴について広く検証されてきました。「しかし、蒸発の多くの場面では、液滴は浮遊しているのではなく、物質の表面上に存在します」とダニエル准教授は指摘します。「驚くべきことに、私たちが研究を行うまで、表面上の水滴におけるクーロン分裂が報告されたことはありませんでした。」

放出を可能にする摩擦のない条件

ダニエル准教授の研究チームは、シリコーンオイルが塗られプラスチックの表面の上に、直径数ミリメートルの小さな水滴を載せるというシンプルな実験装置を構築しました。「オイルは不可欠でした」とダニエル准教授は語ります。「これにより摩擦が排除され、水滴が形状を変えながら膨張・収縮できるようになります。そうでなければ、水滴は均一に蒸発してしまい、水の噴流は生じないでしょう。」

さまざまな大きさの水滴を異なる時間スケールで観察した結果、研究チームは、水滴が100万分の1秒という極めて短い時間のうちに、微小液滴の噴流を周期的に放出している様子を捉えました。

この動画には、シリコーンオイルで覆われた水滴が写されている。ある段階に達すると、水滴は細長く伸び、特定の方向へ微小液滴を放出する。本研究では、この挙動の物理的根拠を明らかにするとともに、潤滑剤が微小液滴の大きさを左右する重要な役割を果たすことを示した。
 
© マーカス・リン & ダン・ダニエル
この動画には、シリコーンオイルで覆われた水滴が写されている。ある段階に達すると、水滴は細長く伸び、特定の方向へ微小液滴を放出する。本研究では、この挙動の物理的根拠を明らかにするとともに、潤滑剤が微小液滴の大きさを左右する重要な役割を果たすことを示した。
 

この現象の数学的根拠を詳しく調べた結果、研究チームは、レイリー卿が想定したような単一の閾値ではなく、二つの異なる閾値が存在することを明らかにしました。一つは液滴が伸びて細長くなる閾値、もう一つは微小液滴の放出が引き起こされる閾値です。「この二つの閾値の存在により、液滴が細長く変形する段階と、微小液滴が放出される段階との間に時間的な遅れが生じます」とダニエル准教授は説明します。「これは、(高電圧を用いて微小な液滴を噴霧する)エレクトロスプレー法をより精密に制御できる可能性を示しています。」

これらの閾値は、電荷と表面張力との間にある微妙なバランスを表しています。水滴がプラスチック製ピペットを通過して外へ出る際、プラスチックから水滴へ電荷が移動し、水滴は正に帯電した状態になります。

蒸発の過程で、この電荷は次第に濃縮され、最初の閾値に達します。この段階で、水滴の形状が変化します。水滴は細長く伸び、電荷が集まる側には尖った円錐形が形成されます。二つ目の閾値に達すると、この円錐部分から噴流が噴き出し、高度に帯電した微小液滴が放出されます。その結果、主となる水滴の電荷は再び閾値以下に低下しますが、蒸発が進むにつれて再び電荷が濃縮され、このサイクルが繰り返されます。

制御可能なナノエンジニアリング

さらに、シリコーンオイル層の粘度を変えることで、微小液滴の大きさを変化させることができました。「オイルの層が厚くて粘度が高いほど、微小液滴は大きくなります」と、本研究の筆頭著者で、OIST液滴・ソフトマターユニットの元ポスドク研究員マーカス・リン博士(現:東京大学助教)は述べています。「この大きさを調整できる能力は、ナノファブリケーションに新たな可能性を開きます。」

将来を見据えて、研究チームは、この新たな理解が、より環境に優しい科学技術へとつながる可能性に期待しています。その一例として彼らが注目しているのが、エレクトロスプレーイオン化です。これは通常、高電圧を用いて液滴を連続的に噴霧する方法です。液滴が小さくなるにつれて個々のイオンが分離し、化学実験室で広く用いられる基本的な質量分析法によって測定できるようになります。

「私たちは、外から高いエネルギーを加えなくても、蒸発だけでクーロン分裂が起こり得ることを示しました。この発見は、より環境に優しいエレクトロスプレー技術への道を開くものです」とダニエル准教授は強調します。この手法は、インクジェット印刷やスプレーコーティングにも応用できる可能性があります。


本研究は、キング・アブドゥッラー科学技術大学(KAUST)で開始され、その後、ダニエル研究室が沖縄科学技術大学院大学(OIST)へ移転し、さらにリン博士が東京大学助教として着任した後も継続して行われました。

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