世界のアリの多様性を3Dで再構築

マイクロCTでスキャンした800種のアリのデータを誰でも自由に使える形で公開するAntscanは、小さな生き物の微細な形態情報を大規模にデジタル化する、革新的なプロジェクトです。

生物の姿かたちは、私たちが多くの種を最初に認識する手掛かりであり、生物学において最も古くから探究されてきたテーマの一つです。しかし、生物の形態を対象とした研究では、技術的な制約のためにビッグデータや計算技術の活用が進みにくい状況が続いています。そのため、正確な3D形態データを大規模に取得し、共有することが難しくなっています。

しかし、この度、世界中の生態系で重要な役割を果たす小さな生物、アリを対象にした研究プロジェクトによって、これまで生物の形態研究を妨げていた技術的な壁が打ち破られました。研究者たちは最新技術を活用し、2000点以上のアリの3Dモデルを収録した巨大なデータベースを作成し、誰でも自由に利用できる形で公開しました。このプロジェクト「Antscan(アントスキャン)」では、医療用CTに似た技術ながら、はるかに高倍率で撮影できる「X線マイクロCTスキャン」を用い、シンクロトロン加速器の力を借りて大量の標本を高速でスキャンしました。得られた3D画像は、アリの外骨格だけでなく、筋肉、神経系、消化器官、毒針や関連する外分泌腺などの内部構造まで、マイクロメートル単位の精度で可視化しています。この学際的な取り組みは、長年にわたる国際共同研究の成果であり、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とドイツのカールスルーエ工科大学(KIT)が共同で主導してきました。世界中から数多くの研究者が参加したこのプロジェクトの成果は、科学誌『Nature Methods』に掲載され、取得したデータとそのワークフローを紹介しています。今後の大規模な定量研究のモデルケースとなることが期待されています。

「この取り組みは、生物の形態を捉え、分析し、共有するというビッグデータ時代の研究をさらに前進させるものです」と、OIST生物多様性・複雑性研究ユニットを率いるエヴァン・エコノモ教授は語っています。Antscanは、2022年に発表した全アリ種の分布に関する包括的データや、昨年、発表した、高品質なアリのゲノム(ほとんどの属を網羅)など、OISTが関わるアリに関する主要な研究リソースに加わるものです。また、最近の科学誌『Science Advances』に掲載された研究では、研究チームは Antscan データを用いて、アリのコロニー形成における「量」と「質」の本質的なトレードオフについて調べました。その結果、強固な外骨格を持つ“高コスト”の個体より、栄養コストの低い個体を優先して生産することで、より大規模で高度かつレジリエントなアリ社会の発達を促進するという強力な証拠を見いだしました。「これらデータを統合することで、非常に大きな可能性が広がり、興味深い展開が期待できます。」とエコノモ教授は述べています。

生命のオープンライブラリー

アリのように小型で多様な生物群において、形態の計算的な研究は、その複雑さゆえに長らく困難を極めてきました。アリの標本は通常、手作業で採集され、乾燥させて、台紙に貼り付ける形で保存されます。この方法では、硬い外骨格は保たれるものの、内部の器官は時間とともに劣化してしまいます。もう一つの大きな課題は「サイズ」です。多くの種は肉眼でかろうじて見える程度の大きさで、その形態を3次元で正確に定量化するには、マイクロCTスキャンのような高解像度の撮像技術が必要です。しかしCTスキャンは時間も費用もかかるため、多数の種を包括的に比較するのは困難でした。論文の筆頭著者でOIST博士課程を修了したばかりのユリアン・カーツク博士はこう語ります。「このプロジェクトを通常の研究室用CTスキャナーで行った場合、約6年間休むことなく稼働させる必要があります。ですが、本研究で用いた装置では、わずか1週間で2000点の標本をスキャンすることができました。」

Antscanは、OIST、KIT、そして世界中のアリ研究者たちの緊密な協力によって生まれました。「時には研究室全員が関わる作業になりました。1か月かけてカタログ化した後、2週間かけて手作業でアリを一匹ずつ分類しました」と、カーツク博士は振り返ります。OISTは、世界中の数多くのパートナー研究機関、博物館コレクション、専門家から提供されたエタノール保存されたアリ標本を収集し、種やカースト(女王アリ、働きアリなどの形態の異なる階級)ごとに分類、メタデータを標準化しました。これにより、標本ごとの正確で公平なラベル付けが可能となり、「誰が、いつ、どこで」採集したかといった情報も記録されています。標準化したトレーに収められたアリの個別標本は、高スループットで撮影可能なドイツ・KITのシンクロトロンマイクロCT施設で撮影しました。この施設では、高強度のX線ビームを生成するシンクロトロン粒子加速器と、バイアル(容器)を自動で交換するロボットアームを組み合わせることで、個々のアリについて 3000 枚の2Dネガティブ画像を取得しました。これらの画像はその後、3Dモデル(トモグラム)として再構築されました。

Antscanの大きな特徴の一つは、「アクセスのしやすさ」です。すべての未加工データは、誰でも自由にダウンロードでき、専用ポータルサイトではすべてのアリを閲覧できるビューワーも備えているため、3Dモデルに容易にアクセスできます。「高解像度のマイクロCTスキャンは非常に高価で、特に小規模な研究機関や、市民科学者、地域の収集家、アーティストや教育者など、機関に所属しない専門家には手が届きにくいものです。私たちの目標の一つは、こうした技術へのアクセスを広く開放することでした」と、カーツク博士は語ります。外骨格だけでなく筋肉構造まで高解像度で捉えられているため、科学者だけでなくアーティストにとっても、アリの動きをより正確にモデル化し、アリの運動を研究したり、マルチメディア作品でリアルに描写したりすることが可能になります。カーツク博士は次のようにまとめています。「このデータベースが無限の視点に開かれていることが、プロジェクトで最もワクワクする部分です。私が想像もしなかった使い方を、他の人たちがしてくれるのを見るのが楽しみです。」

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