「個の防御」より「集団の力」――アリが選んだ進化の答え

大きな軍団を築くには多くの資源が必要です。最新研究によると、一部のアリは“守りの鎧”を薄くすることで巨大コロニーを実現していました。

馬の大きさのアヒル1羽と、アヒルの大きさの馬100頭、戦うならどちらを選びますか?ーーこの有名な問いは現実には起こりえませんが、「量」と「質」のあいだに存在する普遍的なトレードオフを分かりやすく言い表しています。最新の研究により、このジレンマが生物学の分野でも、しかも進化という長いスケールで作用していることが明らかになりました。 

科学誌『Science Advances』に掲載された最新研究によると、一部のアリは「質より量」を選び、コロニーを築いています。これらの種は、外骨格の保護層であるクチクラへの投資を減らし、その分の栄養資源を使ってより多くの働きアリを生産します。防御力は低下しますが、数で補うこの戦略は進化的に成功していると研究は結論づけています。この発見は、人間社会のように複雑な社会が進化する過程で、個体に何が起きるのかを解明する手掛かりを与えています。

「生物学には、個体が属する社会が複雑になると、個体に何が起きるのかという疑問があります。例えば、単独で生きる生物が担っていた役割を、集団が代わりに果たせるようになることで、個体そのものがより単純化する可能性があります」と、本論文の責任著者であり、メリーランド大学昆虫学部長兼沖縄科学技術大学院大学(OIST)生物多様性・複雑性研究ユニット教授のエヴァン・エコノモ教授は述べています。

その一環として、個体は「安価」になる可能性があります。つまり、より多くの個体を生産しやすくする一方で、個々の個体の頑強さは低下することを意味します。

「この仮説はこれまで、社会性昆虫を対象とした大規模な分析で明確に検証されたことはありませんでした」と、エコノモ教授は述べています。

アリは、数十匹から数百万匹まで、さまざまな規模のコロニーを形成するため、複雑な社会がどのように形成されるのかを検証するための理想的なモデルとなります。

本研究の筆頭著者であるケンブリッジ大学動物学博士課程のArthur Matteさんはこう語ります。「アリは至る所にいます。しかし、その巨大なコロニーと驚異的な多様化を可能にした根本的な生物学的戦略については、依然として不明な点が多いのです」。 MatteさんはOISTでのインターンシップ中に、修士課程でこの研究を始めました。 

研究チームは、コロニーの規模とクチクラへの投資の間にトレードオフがある可能性を仮説として提示しました。クチクラは、アリを捕食や乾燥、病気から守るほか、筋肉を支える構造的な役割も果たします。しかし、その形成には窒素や各種ミネラルといった貴重な栄養素が必要で、栄養コストが高いという課題があります。クチクラが厚くなるほど、より多くの栄養を必要とするため、コロニーが維持できる個体数に制限が生じる可能性があります。

研究チームは、3D X線スキャンによる大規模データセットを用いて、500種以上のアリの体積とクチクラの体積を測定しました。その結果、クチクラへの投資割合は体積の6%から35%までと幅広いことが分かりました。さらに、これらのデータを進化モデルに組み込んで解析したところ、クチクラへの投資が少ないアリほど、コロニーの規模が大きい傾向があることが確認されました。

クチクラが薄いことは防御力の低下につながりますが、大規模なコロニーの形成を促した可能性があります。研究チームは、弱い外骨格は集団採餌・巣の防衛・分業といった有益な社会的特性と同時に発生したものであり、これらの特性はコロニーの拡大とともに進化すると考えています。

「アリは、集団の利益のために、栄養コストの高い組織の一つであるクチクラへの個体あたりの投資を減らしています」と、Matteさんは説明します。「彼らは自己投資から分散型の労働力へと移行し、より複雑な社会を形成しています。このパターンは多細胞性の進化を想起させます。そこでは、協力し合う単位は単独の細胞よりも個々としては単純でありながら、集団としてははるかに高度な複雑性を発揮できるのです。」

さらに、クチクラへの投資が少ないほど、生物学者が進化の成功の指標として用いる「種分化イベントの頻度」を示す多様化速度が速いことも分かりました。エコノモ教授によれば、アリにおいて多様化と関連する特性はこれまであまり多くは見つかっておらず、この発見は特に興味深いものです。

クチクラへの投資を減らすことが種分化につながる理由は、まだ明らかではありませんが、一つの仮説として、栄養資源が乏しい新しい生息地への進出を可能にするという見方があります。

「窒素の必要量が減ることで、それまで生息できなかった新しい環境に進出する能力を得た可能性があります」と、Matteさんは述べています。

研究チームは、集団的な巣の防衛や疾病管理、その他の複雑な社会に関連する特性が、個体に強固な外骨格を持たせる必要性を減らしたと考えています。これにより、正のフィードバックループが生じた可能性があります。つまり、クチクラへの投資を減らすことで、より大きなコロニーが形成され、その結果、強固な外骨格を持つ必要性がさらに低下した、というものです。

「これは“押しつぶされやすさの進化”だとも言えます。昆虫と遊ぶ子どもたちは、昆虫の体の頑丈さは種類によって大きく異なることをすでに知っています」と、エコノモ教授は笑います。

シロアリなど他の社会性生物も同様の進化経路をたどった可能性がありますが、これについては今後の検証が必要です。

人間社会への示唆もあります。この研究は軍事戦略との類似性がうかがえます。中世の戦場では、重装騎士の優位性が長弓兵や弩兵の台頭によって揺らぎました。さらに、エコノモ教授は第一次世界大戦中に考案されたランチェスターの法則にも言及しました。これは、弱い兵士を多数投入して敵を数で圧倒する戦略と、少数の強力な兵士で一対一の戦闘に挑む戦略のどちらが優位かを検討する数理モデルです。

「量と質のトレードオフは、あらゆるところに存在します。食べるもの、読む本、育てたい子どもにまで関わっています」とMatteさんは語ります。「アリが長い進化の過程でこの問題をどう乗り越えてきたのかをたどるのは、とても興味深いことでした。異なる制約や環境によって形作られ、最終的に今日見られる驚くべき多様性を生み出した、異なる方向へ進んだ系統群を観察することができたのです。」

 

メリーランド大学によるプレスリリースはこちらでご覧いただけます。 

広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム

シェア: