気候変動を生き抜くためにサンゴには「雲」を作る遺伝子が備わっている?

海水温の上昇にサンゴがいかに適応しているかを判断するため、国内3機関による共同研究チームが、沖縄の海で一般的な造礁サンゴミドリイシ属15種などのゲノムを詳細に解析

1998年に、海水温の上昇により、観測史上最悪とも言える大規模なサンゴの白化現象が発生しました。グレートバリアリーフからインドネシア、中央アメリカまで、サンゴは白く幽霊のようになり、多くのサンゴが死滅してしまいました。しかし、それは前兆に過ぎませんでした。その後20年以上の間、サンゴの白化現象はより深刻な形で頻繁に起こり、今後もこの傾向は続くと予測されています。しかし、すべてのサンゴが同じように影響を受けるわけではありません。

「ミドリイシサンゴは特に白化の影響を受けやすく、将来的には減少が予想されています。環境にとって非常に大事なサンゴなので、このことは大問題です。ミドリイシサンゴは他のサンゴに比べて成長が早く、サンゴ礁の成長、島の形成、海岸の保護に役立ち、また、100万種以上の海洋生物の生息地にもなっています」と沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授は説明します。

この度、ミドリイシサンゴが温暖化した海に適応できる遺伝子を持っているかどうかを明らかにするため、OIST、東京大学大気海洋研究所、水産研究・教育機構 水産技術研究所の研究者らは、15種のミドリイシサンゴと、ミドリイシサンゴ属以外のサンゴ3種のゲノムシーケンシングを行い、分析しました。

本研究では、18種のサンゴゲノムを解析した。A~Oがミドリイシ属、P~Rがその他のサンゴ種

ゲノムとは、何億年もの歳月をかけ、ランダムな突然変異を受けた生物の全遺伝子を含む、DNAの完全なる集合体です。異なる種間でどのような突然変異が共有されているかを分析することで、生物がいつ進化したのか、また、いつ新種が近縁種から分岐して形成されたのかを理解できます。この度Molecular Biology and Evolution誌に掲載された研究は、ミドリイシサンゴの進化の歴史を明らかにし、いくつかの驚くべき結果をもたらしました。

佐藤教授は説明を続けます。「ミドリイシサンゴの祖先は、1億2000万年前頃に他のサンゴから分岐したことがわかりました。そして約2,500~6,000万年前の間に、様々な種が見られるようになり、ミドリイシサンゴ属の多様化が起こったのです。どちらの現象も、これまで考えられていたよりもはるかに早い時期に起きています。」

これらの結果は、世界の海が現在よりもはるかに暖かかった時代にミドリイシサンゴが多様化したことを意味することから、重要な発見です。その後、氷河期を経験し、サンゴは生き残ったのですが、こうした大きな気温の変化に対処するための遺伝子を持っていた可能性があります。

本論文の筆頭著者である新里宙也博士(元OIST研究員、現在は東京大学准教授)は、ゲノム解析の結果、15種のサンゴが4つのグループに分類されることを発見し、さらに、どの遺伝子が保存されていて、どの遺伝子が失われているかを詳細に比較しました。

その結果、ミドリイシサンゴ属が多様化する前に、いくつかの突然変異が起こり、28の遺伝子ファミリーが追加されたことが明らかになりました。これらの遺伝子が、ミドリイシサンゴ属の多様化に貢献しながら世界中に拡散し、様々な温度に対応する能力も身につけたと考えられます。

本研究において、ミドリイシ属サンゴは約1億2千万年前に他のサンゴから分岐したことが示された。そして約6千年前に28種の新規の遺伝子ファミリーを獲得し、多くの種類の分岐に至るミドリイシ属の多様化が起こった。  

「この時期に3つの注目すべき遺伝子が追加されており、これらのサンゴが高ストレス環境に耐えられるようになった可能性があります。このうち2つの遺伝子は以前にも同定されており、環境ストレス(通常は熱ストレス)への応答に関連しています」と佐藤教授は説明を加えます。

しかし、3つ目の遺伝子の発見は、ゲノム解析によってミドリイシサンゴにおける存在が明らかになった初めての事例であり、重要な意味を持っています。DMSPリアーゼを作り出すこの遺伝子は、サンゴが水中で特定の化合物を生成することを可能にし、これらの化合物が大気中に放出されると雲の形成を助けます。すなわち、ミドリイシサンゴは気温が高くなりすぎると、小さな雲の傘を作り、日陰を作ったり、光を遮ったりして自分たちを守るという可能性があることを示唆しています。(注1)

今回の研究により、重要なサンゴ属の進化の歴史が明らかになりました。ただし佐藤教授は、このサンゴ属が、今後予測される海洋温暖化やサンゴの白化に耐えられるかどうかについてはまだ何とも言えないとしつつ、以下のようにコメントしています。「確かにミドリイシサンゴは、過去の気温の変化に耐えてきましたし、極端な暑さを多少は和らげる遺伝子を持っています。しかし、現在の気候変動のスピードは、彼らの適応能力を超えているかもしれません。一方でこのようなサンゴゲノムの膨大な情報は、今後のサンゴの生物学的な研究の基礎を提供してくれるでしょう。」

本研究チームには、佐藤教授、新里准教授の他に、OISTからコンスタンチン・カールツリン博士、井上潤博士(現、東京大学)、座安祐奈博士、神田美幸博士、川満真由美さん、東京大学から善岡祐輝さん、水産研究・教育機構から山下洋博士、鈴木豪博士が参加しました。

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(注1)DMSPリアーゼはDMSPを分解してDMS(硫化ジメチル)を作ります。DMSは海から大気中に放出されて酸化され硫酸エアロゾルとなり、硫酸エアロゾルは雲の凝結核を形成すると考えられています。

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本研究にかかる共同プレスリリース(東京大学、OIST)

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