サンゴが教えてくれた、私たちの骨や筋肉を作る細胞の起源

OISTマリンゲノミックスユニットの安岡有理研究員らは、サンゴの卵を用いた遺伝子操作実験に成功し、ヒトを含む動物の体づくりの進化における謎をまたひとつ明らかにしました

概要

  沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニットの安岡有理研究員らは、サンゴの卵を用いた遺伝子操作実験に成功し、ヒトを含む動物の体づくりの進化における謎をまたひとつ明らかにしました。

ポイント:

  • サンゴの受精卵を用いた世界初の遺伝子機能解析

サンゴの産卵は一年に一回しか行われない上に、産卵予想は大変難しく、入手が困難です(図1)。さらに、直径1mm以下という小さな卵における遺伝子操作は、高い技術が必要となります。

  • 遺伝子「ブラキュリー」(brachyury)の働きの解明

脊椎動物の骨や筋肉の基になる「中胚葉」と呼ばれる細胞を作り出すのに必須の遺伝子「ブラキュリー」が、我々と遥か昔に枝分かれした刺胞動物(※1)のサンゴでは、口を作るのに必要であることが明らかになりました。

  • 脊椎動物の進化の過程における未解決問題への解答

原始的な動物であるサンゴにおいて、ブラキュリーが果たす役割を詳細に調べることで、脊椎動物の祖先がどのようにして新たな体作りのシステムを獲得してきたのか、その進化的な起源について一つの答えが導き出されました。

  本研究で開発された技術を基に、サンゴの遺伝子機能解析がさらに進展することで、動物の進化の解明のみならず、褐虫藻(※2)との共生や、カルシウム骨格の形成、環境変動ストレスによる白化現象といったサンゴ特有のメカニズムが解明され、やがてはサンゴ礁保全にも役立っていくことが期待されます。本研究成果は、米科学誌Current Biologyに掲載されました。

 

ウスエダミドリイシサンゴの産卵
ウスエダミドリイシサンゴの産卵

背景

  我々ヒトを含む脊椎動物の体は、大きく分けて内側、外側、その中間の三つの層(胚葉)で構成されています。たとえば、胴体を輪切りにして考えてみると、内側の内臓、外側の皮膚、その間の筋肉・骨格といった構造を取っています。この内胚葉・外胚葉・中胚葉という三層構造は、受精卵が成長する過程(発生過程)のごく初期のまだ臓器や手足が何も出来上がっていない段階で、様々な遺伝子の働きによって作られています。

  これに対し、サンゴやイソギンチャク、クラゲを含む刺胞動物は、内胚葉と外胚葉しか持たない二胚葉動物であり、ヒトや昆虫など多くの動物を含む三胚葉動物とは約6億年以上前に分岐したと考えられています。三胚葉動物は、原始的な二胚葉動物から、新たに中胚葉を獲得して進化したと想定されていますが、中胚葉の起源が内胚葉なのか、外胚葉なのかという問いは、進化生物学の分野において、長らく議論されてきた重要な未解決問題の一つです。これまで、三胚葉動物の中胚葉の形成に関わる遺伝子が、二胚葉動物の外胚葉と内胚葉のどちらで働くのかを調べた研究はいくつかありましたが、それらの遺伝子が実際に二胚葉動物の発生過程でどのような働きを持ち、それが三胚葉動物での働きとどう対応するのか、その機能に根差した研究はありませんでした。

  そこで研究チームは、脊椎動物の発生過程において、中胚葉の形成に重要な役割を担う遺伝子「ブラキュリー」に注目しました。ブラキュリーは、中胚葉の形成に必要な他の遺伝子の働きを活性化するとともに、隣り合う内胚葉と外胚葉の形成に関わる遺伝子の働きを抑えることで、中胚葉と他の胚葉を区別し、その境界を維持する役割を担うことが知られています。ES細胞やiPS細胞などのいわゆる万能細胞から、骨・筋肉・心臓・血液といった中胚葉由来の細胞を作るときも、ブラキュリーの働きが必要になります。この遺伝子は、すべての動物に存在しますが、中胚葉のない二胚葉動物でどのような働きを持つのかはほとんどわかっていませんでした。研究チームは、サンゴの受精卵を用いた遺伝子機能解析という世界初の試みに挑戦し、動物の進化を考える上で非常に重要な発見をしました。

 

研究手法と成果

  研究者らは、コユビミドリイシサンゴ(※3)の受精卵に、細いガラス針を用いて、特定の遺伝子の働きを阻害する物質を打ち込むことに成功しました。ミドリイシサンゴ類の受精卵は海水に浮いてしまうため、顕微鏡下で作業するときに固定することは大変困難なのですが、本研究では、ガラスの隙間に表面張力で卵を張り付けるというユニークな手法を開発し、その問題点を克服しました。そして、この新たな手法を用いてブラキュリーの遺伝子機能を阻害したときに、サンゴの発生過程で何が起こるのかを調べました。サンゴは地球上で最も繁栄する刺胞動物の一つであり、動物としてより原始的な性質を備えていると考えられ、野生の海産刺胞動物として格好の研究材料です。(※4)

 

本研究で開発したミドリイシサンゴ受精卵への顕微注入実験法
本研究で開発したミドリイシサンゴ受精卵への顕微注入実験法

  サンゴのブラキュリーは、受精後約1日の初期発生期に原口(※5)の外胚葉側で発現します。この原口は内胚葉と外胚葉の境界にあたり、数日後サンゴ幼生の口に相当する部分になります。刺胞動物は消化管が袋上になっており、原口に由来する一つの穴が口と肛門両方の役割を持ちます。上記の手法でサンゴのブラキュリーを働かなくさせたところ、幼生に口ができなくなりました。すなわち、ブラキュリーがサンゴの口の発生に必須であることが示されました。一方、脊椎動物の消化管形成では原口とは反対側に新たに口が開き、原口は将来肛門となります。脊椎動物の発生過程でブラキュリーの働きを阻害すると、原口に近い体幹部や尾部の中胚葉組織が作られなくなる現象は、今回のサンゴの結果と酷似しています。

 

本研究で明らかになったミドリイシサンゴの胚発生におけるブラキュリーの機能
本研究で明らかになったミドリイシサンゴの胚発生におけるブラキュリーの機能

  さらに本研究では、ブラキュリーがサンゴの原口でどのような働きを持つのか、OISTの次世代型シーケンサー(※6)を用いて大規模遺伝子発現比較解析を行いました。その結果、ブラキュリーは外胚葉の遺伝子を活性化し、内胚葉の遺伝子を抑制する働きを持つことが明らかになりました。この結果を脊椎動物と比較すると、ブラキュリーを発現するサンゴの外胚葉が、脊椎動物の中胚葉に相当することを意味しています。すなわち、三胚葉動物である脊椎動物の中胚葉の起源が、二胚葉性の祖先の外胚葉にあることが示唆され、長年の未解決問題への一つの答えが見つかったのです。「サンゴの口の外側の細胞」という、一見他の動物とは共通性のなさそうなものが、遺伝子レベルで見たときには私たちの骨や筋肉を作る中胚葉細胞と起源を共にしている、ということが言えます。

 

研究の意義・今後の展開

  本研究をリードした安岡研究員は、「サンゴを近海で入手できる沖縄という地の利と、自分がこれまで培ってきた実験発生生物学の技術、さらにはOISTが所有する次世代型シーケンサー設備をうまく組み合わせることで、大きな成果を得ることができました。サンゴは年1回しか産卵しない上、産卵予想も難しく、受精卵の品質も年によってまちまちなので、実験条件の試行錯誤を毎年繰り返しながら、5年がかりで本研究は成し遂げられました。今回初めて成功させたサンゴの受精卵の遺伝子操作のノウハウを活かし、今後は褐虫藻との共生や、カルシウム骨格の形成といったサンゴ特有の現象の解明に役立てたいと思います。」と述べています。

  本研究の共同研究者であり、これまでOISTのサンゴ研究をリードしてきた新里宙也研究員は、「サンゴ礁は、地球上の生物多様性を支える非常に重要な環境であり、観光や漁業の観点から見た経済的な価値も高いです。全ゲノムは解読されましたが、サンゴの生態については未知な点が多いです。一年に一晩だけしか実験するチャンスが無く、サンゴの産卵が起こるまで我々は毎晩待ち続けました。実際のサンゴの遺伝子の働きを調べることに成功した本研究は、サンゴの生態解明に向けた大きな前進で、適切なサンゴの保全再生の手法を打ち出すことに繋がる、大きな成果だと思います。」と今後のサンゴ研究の進展に期待を高めています。

  OISTマリンゲノミックスユニット研究主宰者の佐藤矩行教授は、「私達のユニットの研究テーマの一つは、動物がその体づくりを通してどのように進化してきたのかを分子の言葉で説明することです。今回の発見は、脊椎動物の中胚葉形成に重要な働きを持つブラキュリーが、中胚葉を持たないサンゴの発生過程で原口の形成に働きを持つことを示すものとして、非常に高い価値があります。これからも様々な動物でのブラキュリーの働きを探っていきたいと願っています。」と語っています。

 

(写真左より)佐藤矩行教授、安岡有理博士、新里宙也博士

 

注・用語説明

※1 刺胞動物: 刺胞と呼ばれる特殊な棘のついた触手を持つ動物のグループ。サンゴ、イソギンチャク、クラゲなどを含み、ほとんどが海洋環境に生息する。

※2 褐虫藻:サンゴの細胞内に共生する単細胞性の藻類。光合成によって得られたエネルギーをサンゴに供給し、相利共生関係を築いている。何らかのストレスによって共生関係が崩壊し、サンゴから抜け出たりサンゴ内で死滅したりすると、サンゴの骨格が透けて見える、「サンゴの白化現象」が見られる。

※3 コユビミドリイシサンゴ: 沖縄県で最も一般的なサンゴの一種(学名Acropora digitifera)。浅瀬に生息し、5~6月の満月前後1週間ほどに一斉産卵する。OISTマリンゲノミックスユニットの新里宙也研究員らによって、2012年全ゲノム情報が解読された(世界初のサンゴゲノム解読)。沖縄県のサンゴ保全再生事業で主に扱われているのは、ウスエダミドリイシサンゴ(学名Acropora tenuis)という近縁種で、本研究ではウスエダミドリイシサンゴの受精卵を用いた遺伝子操作実験にも成功している。

※4 サンゴの体にも筋肉や骨格が存在するが、それは中胚葉に由来する私たちのものとは独立に進化した、全く起源の異なるものである。

※5 原口: 一般に、動物の受精卵は細胞分裂を重ねて一層のボール状の構造を取ったのち、ボールの一部が凹むようにして内側に入っていき、二層構造をとる。その際、細胞が内側に入っていく入り口部分を原口と呼ぶ。

※6 次世代型シーケンサー: DNAの塩基配列を、一度に大量かつ並列に解読できる機械。OISTには最新型次世代型シーケンサー数台とそれらを動かす専門スタッフ(DNAシーケンシングセクション)が常駐している。

 

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