単純な寄生動物の複雑な生活

自然界で最も複雑な寄生動物のひとつ、ニハイチュウのゲノム配列を解析しました。

 微小な寄生動物であるニハイチュウ(二胚動物)はわずか30個の細胞からなるため、単細胞動物である原生動物と多細胞動物である後生動物の中間的な位置にある動物とされており、中生動物と言われています。体は基本的に3つの部分から構成されていますが、動物界にいる普通の動物よりもずっと単純です。しかし、もとは海にいる普通の無脊椎動物と同じような体をもっていたということが、最近明らかになりました。この中生動物が単純な構造でできているといっても、単純な生活を送っているというわけではありません。

 例えば、ニハイチュウはエネルギーを節約するために不必要な遺伝子を除いたり、有性無性生殖を切り替えたりするのです。

 タコの腎嚢(じんのう、腎臓でつくられた尿がたまった袋のこと)の中で成長すると聞いても、私たちにとっては大して豪華な生活には思えませんが、ニハイチュウにとっては、そこはすべてが整ったマイホームに匹敵します。腎嚢でタコの尿から栄養を摂取しつつ、無性生殖でも有性生殖でも繁殖することができます。自分たちの数が増え、腎嚢胞内の密度が高くなりすぎると、ニハイチュウは有性生殖をします。有性生殖から発生した幼虫は、無性生殖から発生した幼虫とは異なります 。有性生殖の幼虫は新たな住処を求め、宿主を離れて新たなマイホームを探しに行き、新たなタコの宿主を見つける、というサイクルを続けるのです。しかし、なぜこの単純な生物が、このように複雑な生活様式を持っているのかは、まだはっきりとはわからないのです。

 

沖縄科学技術大学院大学(OIST)および大阪大学の研究者らは、 7月26日にGenome Biology and Evolution誌に発表された研究で、寄生動物であるニハイチュウのゲノム配列を発表した。ニハイチュウはたった30個の細胞で構成されており、タコその他の頭足類の腎嚢内に見られる。

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)と大阪大学の研究者らは、ニハイチュウのゲノム配列を解読し、その単純とは言えない生活様式について重要な洞察を提示しました。 7月26日にGenome Biology and Evolutionにオンライン掲載された本研究は、いくつかの謎に対して光を当てようとしています。

 OISTマリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授とOISTで博士課程を修了したツァイ-ミン・ルー博士は、ニハイチュウを解析するため、ニハイチュウ研究における権威である大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻の古屋秀隆准教授と共同研究を行いました。

 研究は大阪で始まりました。研究者らはまず、地元の魚市場に行き、生きたタコを買い求めました。調達したタコは研究室に運ばれ、研究者らはピペットを使ってタコの尿を採取しました。                                                           

 そしてタコの尿からニハイチュウを抽出し、さらにそのサンプルを純粋にするため、タコの細胞を慎重に取り除きました。

 ルー博士は説明します。「塩水で細胞を洗い流して分離するという工程を数回繰り返し、できるだけ多くのタコの細胞を除去しました。 最後に、解析のための試料を得るため、顕微鏡下でひとつひとつ、ニハイチュウの個体を取り出しました。」

 しかしながら、この洗浄工程を経ても、純粋なニハイチュウの試料を得るのは困難でした。

 「ニハイチュウの試料からタコの細胞すべてを取り除くことは本当に難しいのです。 しかし、純粋なタコの試料を入手するのは簡単です。そこで私たちはタコのゲノムDNAを抽出しました。」

 この課題を解決するために、2年間かかりました。しかし、最終的には両方の生物のゲノム配列を解析することで課題を解決しました。タコのゲノムはすでに配列が決定されていたため、両者の混在した配列からタコの配列を引くことによって、寄生しているニハイチュウのゲノムを抽出することができたのです。

 研究チームは、ニハイチュウのゲノムが、他の寄生動物と比較して顕著に減少していることを発見しました。 例えば、ニハイチュウにはからだの構成に関与しているHox遺伝子と呼ばれる遺伝子が4つしかありません。Hox遺伝子グループは通常秩序だっていますが、ニハイチュウの場合はそうではありません。これは、ニハイチュウがエネルギーを節約するためにどのように遺伝子を削除できるかという問いにつながっていると思われます。ニハイチュウはさらに、代謝、免疫、神経系の遺伝子を、自ら取り除いてしまっているのです。

 

 「Hox遺伝子は複雑な動物の体を構成する上で重要な遺伝子です。多くの寄生動物のゲノム配列が決定されれば、それらの蓄積されたゲノム情報で、寄生動物の特異的遺伝子構成を明らかにすることができるでしょう。」と、古屋准教授は述べています。

 地球上のすべての動物には寄生虫が寄生しています。それらの中には単純なものもあれば、そうでないものもあります。 ニハイチュウの全ゲノム配列は、ニハイチュウ自体の生物学におけるいくつかの大きな疑問に答えるだけでなく、寄生動物の進化というテーマへの洞察も提供してくれるのです。

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