量子AIにおける初のボソンサンプリングの実用化を実現

新たな画像認識手法が、エネルギー効率の高い量子機械学習への扉を開きます。

過去10年間以上にわたり、研究者たちは光子を用いた量子計算プロトコルである「ボソンサンプリング」を、量子計算が古典計算を超える優位性を示すための重要なマイルストーンとして考えてきました。しかし、これまでの実験ではボソンサンプリングを古典コンピュータでシミュレートすることが困難であることが示されてきたものの、実用的な応用は実現していませんでした。今回、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームが、科学誌『Optica Quantum』で、法医学から医療診断まで、多くの分野において重要な画像認識におけるボソンサンプリングを初めて実用的な応用例として発表しました。この手法は、わずか三つの光子と線形光学ネットワークを使用しており、低エネルギーの量子AIシステム実現に向けた大きな一歩となります。

量子複雑性の活用

ボソン(光子のようなボース・アインシュタイン統計に従う粒子)は、特定の光学回路を通過する際、複雑な干渉効果を示します。ボソンサンプリングでは、研究者は単一の光子をそのような回路に注入し、干渉後の出力確率分布を測定します。

このサンプリングの仕組みを理解するために、ピンボード上の玉を想像してください。玉を落とした場合、玉が着地する確率分布をサンプリングすると、ベル曲線を形成します。しかし、同じ実験を単一光子で実施すると、結果は全く異なります。光子は波のような性質を示し、互いに干渉し合い、大きな物体とは異なる方法で環境と相互作用します。これにより、古典的な計算手法では困難な非常に複雑な確率分布を示します。

ビーズや玉のような小さな物体をペグボードに落とすと、特定の場所に落ちる確率が正規分布に従い、ベル曲線形状を形成する。一方、光子は複雑な分布を示し、古典的なコンピュータでは予測が困難である。
Matemateca (IME/USP)/Rodrigo Tetsuo Argenton
ビーズや玉のような小さな物体をペグボードに落とすと、特定の場所に落ちる確率が正規分布に従い、ベル曲線形状を形成する。一方、光子は複雑な分布を示し、古典的なコンピュータでは予測が困難である。

量子リザバーから画像認識へ

本研究では、ボソンサンプリングを基盤とした新しい量子AI手法を画像認識に応用しました。シミュレーション実験では、まず複雑な光量子状態を生成し、これに簡略化した画像データを符号化しました。

手書きの数字、ひらがな文字、衣類の画像という三つの異なる入力データセットが、主要な特徴を保持しながらPCA(主成分分析)で簡素化。単一の光子がランダムな光回路(プレ回路)に注入され、複雑な量子状態が生成。簡素化されたデータはこの状態にエンコードされ、その後、二つ目の干渉計を通過して量子リザバーを形成する。光子の検出によりボソンサンプリング確率分布が得られ、元の画像データと組み合わせて、シンプルな訓練可能な線形分類器に投入、予測が行われる。
シミュレーションシステムでは、画像データ(ここでは手書きの数字、ひらがな文字、衣類)は主成分分析(PCA)と呼ばれるプロセスで簡素化され、重要な特徴を保持しつつ情報量を削減される。このデータは複雑な光子状態にエンコードされ、量子リザバーで処理される。量子リザバー内での光子の干渉により、画像認識に利用できる豊富な複雑なパターンが生成される。 このシステムは最終ステップでのみトレーニングが必要で、単純な線形分類器を使用するため、正確な画像認識に効率的かつ効果的なアプローチとなっている。
櫻井、他(2025年)
シミュレーションシステムでは、画像データ(ここでは手書きの数字、ひらがな文字、衣類)は主成分分析(PCA)と呼ばれるプロセスで簡素化され、重要な特徴を保持しつつ情報量を削減される。このデータは複雑な光子状態にエンコードされ、量子リザバーで処理される。量子リザバー内での光子の干渉により、画像認識に利用できる豊富な複雑なパターンが生成される。 このシステムは最終ステップでのみトレーニングが必要で、単純な線形分類器を使用するため、正確な画像認識に効率的かつ効果的なアプローチとなっている。

研究チームは、三つの異なるデータセットからグレースケール画像を入力として使用しました。各ピクセルがグレースケールであるため、情報は数値で容易に表現でき、主成分分析(PCA)で主要な特徴を保持した圧縮を行いました。この簡素化されたデータを、単一光子の性質を調整することで、量子システムに符号化しました。光子は量子リザバー(複雑な光ネットワーク)を通過し、干渉により高次元で豊富なパターンが生成されました。検出器が光子の位置を記録し、繰り返しサンプリングすることで、ボソンサンプリングの確率分布を取得しました。この量子出力を元の画像データと組み合わせ、単純な線形分類器で処理を行いました。このハイブリッドなデータ結合アプローチは元画像の情報を保持し、検証した同規模機械学習手法よりも良い結果を示し、すべてのデータセットで高精度な画像認識を実現しました。

「このシステムは複雑に聞こえるかもしれませんが、実際には、ほとんどの量子機械学習モデルよりもはるかに簡単に使用できます」と、本研究の筆頭著者である量子情報科学・技術ユニット所属の櫻井彰忠博士は説明します。「最終ステップ、つまり単純な線形分類器のみを訓練すれば済みます。対照的に、従来の量子機械学習モデルでは、通常、複数の量子層の最適化が必要です。」

共著者で、量子工学ユニットを率いるウィリアム ジョン マンロ教授は次のように述べています。「特に注目すべき点は、この手法が量子リザバーを変更することなく、多様な画像データセットで機能する点です。これは、多くの従来のアプローチが各データの種類ごとに最適化が必要となるのとは大きく異なります。」

画像認識の新たな可能性を解放

画像認識は、犯罪現場の手書き文字の分析や、MRI画像の腫瘍検出など、多くの現実世界で応用され、重要な役割を果たしています。本研究では、同程度の規模の従来型機械学習手法よりも高い精度で画像を識別できるという有望な結果が得られ、量子AIの新たな可能性が示されました。

「このシステムは万能ではなく、与えられたすべての計算問題を解決できるわけではありません」と、本研究の共著者であり、OIST量子技術センター長で、量子情報科学・技術ユニットを率いる根本香絵教授は述べています。「しかし、これは量子機械学習における大きな前進であり、今後はさらに複雑な画像を用いて、その可能性を探っていけることを楽しみにしています。」

 

本研究の一部は、光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0118069605)の助成を受けて実施しました。

 

OIST量子技術センターについて

2022年に設立されたOIST量子技術センター(OCQT)は、量子技術の研究と人材育成を担う国際的な拠点です。日本の「量子未来社会ビジョン」を指針に、OCQTは国際共同研究の推進や学際的な量子技術の探求を行うとともに、グローバルに活躍できる人材育成の中心的プラットフォームとして機能しています。また、ワークショップやサマースクールを通じて国際交流を促進し、産業界との連携や技術移転も積極的に進めることで、次世代の国際的な量子研究者の育成に貢献しています。

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