スロー分光法で捉えたフリーラジカルの瞬間

新しい実験装置が電荷の微弱な信号を検出し、光劣化や長期光放出プロセスの物理現象に新しい視点をもたらします。

日光に長期間さらされると、プラスチックはなぜもろくなり、塗料はなぜ色あせるのでしょうか。科学者たちは、このような有機物の光分解が、太陽光のエネルギーによって生成されるフリーラジカルによって引き起こされると長年理解してきました。フリーラジカルとは、光によるイオン化で電子を失い、不対電子を残した分子であり、この不対電子が周囲の分子と強く反応しようとします。しかし、太陽光の光子のエネルギーがどのように材料内に蓄積され、長期間にわたって放出されるのか、その詳細なメカニズムは実験的に確認されていませんでした。

問題は時間スケールにあります。科学者たちは、有機材料中の個々の電子のエネルギー準位をフェムト秒からミリ秒の範囲で測定できる非常に高度な分光装置を利用できますが、数秒を超える時間スケールにはほとんど注意を払ってきませんでした。しかし、こうしたプロセスは数年単位で進行することもあるのです。

この「遅い過渡的な電荷蓄積」は、応用光学と理論光学の両方において大きなデータの空白を生んでいました。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の有機オプトエレクトロニクスユニットの研究チームは、この課題に取り組み、微弱な信号を検出する新しい手法を開発しました。研究成果は科学誌『Science Advances』に掲載されています。「微弱な電荷蓄積の正確なメカニズムを捉えることができるようになりました」と嘉部量太准教授は説明します。「これにより、有機材料における励起の基本特性をより深く理解できるほか、太陽光発電、有機ELディスプレイ(OLED)、光劣化(光分解)などの分野で、微弱な電荷蓄積をより正確に測定できるようになります。」

飛び出す光励起電子 

材料が光を吸収して自由電荷を生成するプロセスは、多くの分野で重要です。強い紫外線は、分子を直接イオン化できるほどのエネルギーを持っています。材料に強い紫外線を照射すると、電子が軌道から飛び出すことがあります。この現象は光電子分光法の基本原理であり、物質の特性解析に広く利用されています。

単一成分材料におけるこうした高エネルギーのイオン化現象とは対照的に、太陽電池に代表される二成分系では、電子供与体と受容体材料を組み合わせることで、直接イオン化には不十分な弱い可視光下でも自由電荷を生成できます。光が供与体分子を励起すると、電子が供与体から受容体へ移動し、材料界面で結合した電荷移動状態を介して自由電荷が生じます。

自由電荷は再結合によって急速に消失するため、これまで観測できる時間スケールは数ミリ秒程度までと考えられてきました。しかし今回、研究チームは、蓄積された自由電荷に由来する微弱な信号が、はるかに長い時間スケールで検出可能であることを発見しました。

これらの微弱で遅い信号は、これまでほとんど注目されてこなかった微小な電荷生成プロセスを明らかにします。単一成分材料が、直接イオン化には不十分な弱い光を吸収すると、励起状態が形成されますが、電荷移動が起こらないため自由電荷は生成されません。しかし、励起状態がその寿命内に追加の光子を吸収すると、イオン化に至る可能性があります。このような多光子イオン化による自由電荷の形成は非常にまれであり、フェムト秒からミリ秒の時間スケールのみをカバーする従来の方法では、これらの信号は励起状態自体の強い信号に容易に覆い隠され、実験的な確認が困難でした。

研究チームは、この遅い過渡的な減衰を調べるため、従来の分光装置を再設計しました。従来の方法では、超高速レーザーパルスで試料を繰り返し照射し、信号を積算して高速過渡減衰を観測していましたが、今回は異なるアプローチを採用しました。試料を長時間励起し、単一ショット実験で長時間の応答を測定するというシンプルな手法です。時間スケールと強度のダイナミックレンジを拡張することで、励起状態の信号と自由電荷の信号を長時間にわたり分離でき、単一成分有機材料において、これまで理論的にのみ予測されていた電荷生成経路を初めて観測することに成功しました。

「供与体・受容体界面と単一成分による多光子イオン化の両方を通じて、電荷キャリアの生成を検出することに成功しました」と嘉部准教授は説明します。「有機材料を供与体・受容体界面として用いた場合には非常に明確な信号が得られ、同じ材料を単独で用いた場合でも極めて微弱な信号が確認されるなど、私たちの装置の有効性が示されました。」 

本測定結果は、多光子経路の直接的な証拠を提供し、有機光学の理論・応用研究を支える基礎的プロセスを解明しました。嘉部准教授は次のように総括します。「効率は太陽光発電や有機ELディスプレイには到底及びませんが、有機材料は普遍的に微小な光イオン化現象を起こし、こうした過程で徐々に蓄積される電荷が、さまざまな光劣化を引き起こす可能性があります。今回の成果により、これらの現象を確認するデータと、多様な有機材料における微弱な電荷発生経路をさらに探究するためのツールを得ることができました。」

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