壊さずに曲げるには

パラダイムシフトを起こすトポロジストがOISTに着任

  「トポロジストにはドーナツとコーヒーのマグカップを区別できない」というジョークは、言い古されたトポロジーの世界のジョークです。トポロジーとは、図形を曲げたり伸ばしたり、変形したりする時に保たれる幾何学的特性に関する数学の一分野です。OIST応用トポロジー・ユニットを率いるディミトリー・ファイトナー・コズロフ教授によると、「実際に粘土でできたマグカップとドーナツをつぶしてひねってみると互いに似た形状になる」と言います。

  従来型のトポロジーは、曲がったり伸びたりする空間に関連した学問です。しかし近年、この分野におけるパラダイムシフトが起きており、このパラダイムシフトの一部は、ファイトナー・コズロフ教授の業績によるものです。コズロフ教授は、計算理論やグラフの彩色、グラフのある種のラベル付けなど、予期せぬ場所にトポロジーを発見しました。教授の学際的な仕事により、現在、活発に研究が進んでいます。

  ファイトナー・コズロフ教授によれば、トポロジーは他の多くの分野と同様、あるオブジェクトを他と区別する根源的な特性を明らかにすることを目指しています。

  「トポロジーの世界は、他の一部の数学分野とは異なり、曲率や角度は考慮されません。一つの形状が穴を空けずに、別の形状に変形できるかどうかだけが問題なのです。」と、教授は語っています。

  幾何学的空間を分類するため、ファイトナー・コズロフ教授は、不変量、つまり任意の2つの等価な図形が共有する性質、を探しています。例えばドーナツとコーヒーのマグカップには、それぞれ1つの穴があり、連続的に変形させることができます。1つの穴を持つことは不変量の一例です。

  一方、中が空洞になっているドーナツの形状と球とでは、ドーナツには穴があり、球には穴がないため、トポロジー的には等しくありません。

  トポロジストは、「局所的な」 構造の理解に基づき、不変量を使うことでより複雑な空間を研究することができるのです。

独学で学んだ数学者

  ソビエト連邦で育ったファイトナー・コズロフ教授は、12歳か13歳の頃には数学者になりたいと考えていました。粘り強く、やる気に満ちた青年は、数学をほとんど独学で学び、その数年後、スウェーデンのストックホルムにある王立工科大学で数学の博士号を取得しました。現在は、ドイツのブレーメン大学で代数学と幾何学の教授、OISTでアジャンクトの教授を務めながら、応用代数トポロジーを研究しています。

  数学は抽象的な学問でもありますが、ファイトナー・コズロフ教授はこの分野における真理を明らかにすることに魅力を感じています。

  「数学には他の分野にはない正確性や客観性があります。数学をすることは意見を形成することではありません。数学は正しいことを追求するだけでなく、さらに関連性のある議論も追求することなのです。」と、教授は説明します。

 

オフィスで説明するファイトナー・コズロフ教授

ローカルからグローバルへ

  トポロジーをデータ解析に応用する場合、トポロジストはデータそのものの測定を行うのではなく、コンピュータサイエンスから医学に至るまでの多くの異なる分野に由来する多くの巨大なデータセットを解析します。これらのデータセットを幾何学的な形に変換し、データの本質的な特徴に関する貴重な情報を収集し、分類できるようにするのです。

  ファイトナー・コズロフ教授は最近、複雑なデータセットを単純化するツールの一つであるホモロジーサイクルに関する論文を発表しました。ホモロジーとは、位相空間と不変量を結びつける数学的概念であり、数学者が空間を区別し、適切な分類を行うことを可能にします。これらのホモロジーサイクルは、データ処理と計算に応用できます。

  「ホモロジーサイクルは空間内の小さな図形と考えることができます。これらの各図形は、特定の幾何学的特徴をハイライトしてくれるのです。」と、ファイトナー・コズロフ教授は説明します。トポロジストは、最初に大きく複雑な形状図形の特徴を理解することで、さらに複雑な図形をよりよく理解できるようになるのです。

  ファイトナー・コズロフ教授は、これらのホモロジーサイクルを発見するための新しいアルゴリズムを開発しています。このアルゴリズムは不変量を使い、空間の本質的な特性をとらえながら、空間の複雑性を減少させます。

トポロジーの新たなフロンティア

  ファイトナー・コズロフ教授の研究は、トポロジーの分野を前進させており、特に数学でよく研究されている概念であるグラフ彩色の分野における発展に寄与しています。

  「グラフに対して、で接している2つの部分が異なるように、定められた色数で彩色することができないことを示すのは非常に困難です。かなり小さなグラフであっても、色付けの可能性の数が膨大であり、直接コンピュータでチェックすることが不可能だからです。」と、教授は説明します。

  教授は、これらのグラフの彩色数を推定する新たな間接的方法を発見しました。スティーフェル・ホイットニー特性類として知られている洗練された位相不変量が、グラフ彩色の鍵を握っている可能性に教授は気づいたのです。

  この種の非従来型の学際的思考は、この分野を単純な組合せ問題から、より高度な代数的応用トポロジーへとシフトさせてくれます。教授はOISTで、従来型トポロジー理論の開発を続けながら、新たな方法でこの分野以外においてもトポロジーの息を吹き込もうとしています。

 

 

 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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