元気に見える都市沿岸に生息する魚たち、その遺伝子が語る環境ストレスという隠れた代償

人間活動の近くに生息する沖縄のサンゴ礁魚類に「ジャンクフード効果」の可能性があることが、遺伝子解析(トランスクリプトーム解析)で明らかになりましました。

指のように伸びたサンゴ礁に縁取られた沖縄の海岸線。海岸沿いにはホテルや道路、農地が広がり、人間活動の存在が見て取れる
© 新谷洋子

鮮やかな青色が特徴の熱帯魚ルリスズメダイは、サンゴ礁域のある沖縄の海ではお馴染みの魚で、沖縄の都市部の海岸沿いでも容易に見つけることができます。しかし、都市部の海岸沿いに生息しているルリスズメダイの遺伝子発現を調べると、人間活動の影響を受けた環境で暮らすことに伴う隠れた代償が浮かび上がりました。

このたび学術誌『Nature Communications』に掲載された本研究では、人間活動の近くで生息する魚は十分な餌を得ている一方で、慢性的な生理学的ストレスを示す分子レベルでの兆候を示していることが分かりました。これは、魚たちにとって、餌は豊富ですが、その代償として生理学的な負担を抱えるという「ジャンクフード効果」と呼べる現象を示唆しています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)、フランス国立科学研究センター(CNRS)、インディアナ大学医学部の研究チームはさらに、生物そのものを環境の記録装置として利用できる可能性も示しました。ゲノム全体にわたる遺伝子発現パターンを解析することで、従来の環境モニタリングでは捉えられない生態系への影響を明らかにできる可能性があります。

世界各地の沿岸環境は、農業や工業、住宅開発などに伴う都市化の影響を強く受けています。沖縄でも、自然のままの海岸線は全体の4割未満しか残っていません。こうした状況は、生後間もない時期を海岸近くの浅く穏やかな海域で過ごす、サンゴ礁魚類の幼魚にとって特に重要です。このような成育場は比較的安全で餌も豊富ですが、陸地に近いため人間活動の影響も受けやすい環境です。しかし、こうした環境が魚にとって重要な成長初期から成魚になった後まで、どのような影響を及ぼすのかは、これまでほとんど分かっていませんでした。

本研究の筆頭著者で、OIST海洋生態進化発生生物学ユニットの元博士課程学生、現在はリサーチ・フェローを務めるエマ・ガイリンさんは次のように説明します。「従来の生態学・環境モニタリングでは、水質を調べたり魚種数を数えたりします。しかし、それだけでは魚の健康状態は分かりません。魚が実際にどのような経験をしているのかを知るには、遺伝子発現を調べることが重要です。」

しかし、それは簡単ではありません。野外の野生生物を対象とした研究では、通常、一度に数個の遺伝子発現のみを調べる手法が使われてきました。ところが、遺伝子発現は水温や塩分などさまざまな環境要因の影響を受けます。そのため、異なる環境に生息する魚の間において遺伝子発現に違いが見られたとしても、それが本当に人間活動によるものなのかを判断するのは容易ではありません。

ガイリンさんは続けます。「私たちは一部の遺伝子発現のみではなく、すべての遺伝子発現を調べることにしました。また、複数の地点の魚を比較することで、環境ごとの特徴的なシグナルを見つけ出せるのではないかと考えました」

研究チームは、沖縄本島の18地点でルリスズメダイ(Chrysiptera cyanea)を採集しました。調査地点は、本島北部のほぼ手つかずのサンゴ礁から、南部の高度に都市化された沿岸域まで、都市化の程度はさまざまでした。

沖縄本島の地図。土地利用の種類に応じて、都市沿岸を赤、農業地域沿岸を黄、自然海岸を緑で色分けしている。黒い点はサンプリング地点を示す。
調査地点は沖縄本島全域に分布し、自然海岸、農業地域沿岸、都市沿岸を含んでいる。
© エマ・ガイリン

「調査地の中には、非常に汚れていて汚染が目立つ場所もありました。それでも魚はそこに生息していました」とガイリンさんは語ります。「しかし、生息しているからといって、ストレスを受けていないという意味ではありません。」

研究チームがこれらの魚の遺伝子発現を解析した結果、意外なことに、これまで汚染の指標として利用されてきた多くの遺伝子は、都市化の程度を必ずしも反映していないことが分かりました。それらの遺伝子発現は、都市化よりもむしろ水温や栄養状態によって説明できる場合が多かったのです。一方、個々の遺伝子ではなく、ゲノム全体の遺伝子発現を解析すると、人間活動に由来する特徴的なシグナルが明らかに現れました。

研究チームは、幼魚で425個、成魚の肝臓で585個の遺伝子が、他の環境要因では説明できず、都市化と関連していることを突き止めました。その中には、炎症反応や免疫応答に関わる遺伝子が含まれており、都市化した地域の魚ではこれらの活動が高まっていました。

積み上げ棒グラフ。色や模様を用いて、さまざまな要因に関連する遺伝子をグループ分けしている。細い緑色の塗りつぶし部分は、都市化と関連する発現パターンを示した遺伝子を表している。
遺伝子発現は多様な環境要因と関連している。都市化と関連する発現パターンを示した遺伝子は数百個に及び、その内訳は幼魚で425個、成魚の肝臓で585個だった。
© Gairin et al. Nature Communications, 2026. 10.1038/s41467-026-77751-2

研究チームはさらに、野外で採集した魚と、さまざまな給餌条件で飼育した実験室の魚を比較しました。すると、都市化した地域の成魚は、十分な餌を与えられた実験室飼育魚とよく似た遺伝子発現パターンを示しました。しかし同時に、都市化した地域の魚では、免疫応答や炎症反応も強くなっており、栄養を十分に摂ることと、身体的なストレスを抑えることは、簡単には両立しないということが明らかになりました。

この結果は、サンゴ礁魚類の幼魚がなぜ、より自然な環境が近くに存在するにもかかわらず、高度に都市化され、時には目に見えて環境が悪化した沿岸域に定着するのかという長年の疑問を解く手掛かりになるかもしれません。研究チームは、その理由の一つとして、こうした環境では有機物が豊富で餌を得やすいためではないかと考えています。

本研究の責任著者で、OIST海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴァンサン・ロデ教授は次のように述べています。「私たちはこれを『ジャンクフード効果』と呼んでいます。例えば、10代の若者がファストフード店に通うようなものです。食べたい物がたくさんあって、安価ですが、健康に良いとは限りません。幼魚にとって都市化した沿岸環境も同じようなトレードオフをもたらしている可能性があります。餌は豊富ですが、その代償として生理学的な負担を抱えているのです。」

本研究は、遺伝子発現を利用して、環境状態や都市化が生物に与える影響をより深く理解できる可能性を示しました。

ロデ教授は次のように締めくくります。「この研究の興味深い点は、動物を取り巻く環境を測定するだけでなく、その動物自身にどのような経験をしてきたのかを聞くことができる点です。ゲノム全体の遺伝子発現は、動物が受けるさまざまな環境要因を統合的に反映します。そのため、水質を測定したり、生息する魚の数や種類を数えたりするだけでは見えてこない生理学的影響を明らかにできます。そして、この手法は魚やサンゴ礁に限られるものではありません。原則としては、あらゆる生態系のあらゆる動物が、環境変化を感知する『生きたセンサー』になり得るのです。」

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