研究チームがこれらの魚の遺伝子発現を解析した結果、意外なことに、これまで汚染の指標として利用されてきた多くの遺伝子は、都市化の程度を必ずしも反映していないことが分かりました。それらの遺伝子発現は、都市化よりもむしろ水温や栄養状態によって説明できる場合が多かったのです。一方、個々の遺伝子ではなく、ゲノム全体の遺伝子発現を解析すると、人間活動に由来する特徴的なシグナルが明らかに現れました。
研究チームは、幼魚で425個、成魚の肝臓で585個の遺伝子が、他の環境要因では説明できず、都市化と関連していることを突き止めました。その中には、炎症反応や免疫応答に関わる遺伝子が含まれており、都市化した地域の魚ではこれらの活動が高まっていました。
研究チームはさらに、野外で採集した魚と、さまざまな給餌条件で飼育した実験室の魚を比較しました。すると、都市化した地域の成魚は、十分な餌を与えられた実験室飼育魚とよく似た遺伝子発現パターンを示しました。しかし同時に、都市化した地域の魚では、免疫応答や炎症反応も強くなっており、栄養を十分に摂ることと、身体的なストレスを抑えることは、簡単には両立しないということが明らかになりました。
この結果は、サンゴ礁魚類の幼魚がなぜ、より自然な環境が近くに存在するにもかかわらず、高度に都市化され、時には目に見えて環境が悪化した沿岸域に定着するのかという長年の疑問を解く手掛かりになるかもしれません。研究チームは、その理由の一つとして、こうした環境では有機物が豊富で餌を得やすいためではないかと考えています。
本研究の責任著者で、OIST海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴァンサン・ロデ教授は次のように述べています。「私たちはこれを『ジャンクフード効果』と呼んでいます。例えば、10代の若者がファストフード店に通うようなものです。食べたい物がたくさんあって、安価ですが、健康に良いとは限りません。幼魚にとって都市化した沿岸環境も同じようなトレードオフをもたらしている可能性があります。餌は豊富ですが、その代償として生理学的な負担を抱えているのです。」
本研究は、遺伝子発現を利用して、環境状態や都市化が生物に与える影響をより深く理解できる可能性を示しました。
ロデ教授は次のように締めくくります。「この研究の興味深い点は、動物を取り巻く環境を測定するだけでなく、その動物自身にどのような経験をしてきたのかを聞くことができる点です。ゲノム全体の遺伝子発現は、動物が受けるさまざまな環境要因を統合的に反映します。そのため、水質を測定したり、生息する魚の数や種類を数えたりするだけでは見えてこない生理学的影響を明らかにできます。そして、この手法は魚やサンゴ礁に限られるものではありません。原則としては、あらゆる生態系のあらゆる動物が、環境変化を感知する『生きたセンサー』になり得るのです。」