「見えない量子現象」を水の波で再現、予期せぬ波動パターンが明らかに

水槽内で回転する渦が逆回転に拡がる波動パターンを系全体にわたって生み出す原理が新たな研究により解明されました。これは、直接観測することができない量子の世界で起きている現象を、水を使った実験で目に見える形で再現したものです。

量子の世界はしばしば奇妙で直観に反するものです。電子は直接遭遇していない物理的な力の影響を受けることがあります。その代表例が、「アハラノフ・ボーム効果(AB効果)」です。この効果では、電子は磁場を通過していないにもかかわらず、影響を受けます。AB効果は1959年に理論的に予測されていましたが、電子の波動特性の変化は長らく間接的な検知に頼らざるを得ませんでした。そのため、AB効果が直接観察されたのは20年以上経ってからです。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、流体力学的類推を利用して水槽という単純な装置で AB効果を模倣・拡張する実験研究をノルウェーのオスロ大学およびチリのアドルフォ・イバニェス大学と共に行いました。水槽の中央に発生させた渦に向かって、両側から表面波を送り込むと、鮮烈なパターンが現れます。平らな水面が1本または複数本の線となって放射状に伸び、まるで催眠術のように回転する様子が観察されました。この研究成果は、本日、学術誌『Communications Physics』に掲載されました。

一時的に平らな(波がなくなりフラットになる)線状の帯が外側へ広がり、渦の流れとは逆方向に回転していく。左の動画は実験で観測されたパターンを示し、右の動画は同じ効果を再現したシミュレーション。 
© Singh et. al., (2026) Commun Phys.

「これはまったく新しく、予想外でした」と語るのは、本研究の共同筆頭著者であり、OIST非線形・非平衡物理学ユニットの博士課程学生、アディティヤ・シンさんです。「この流体力学的類推に基づく系の価値は、まさにそこにあります。この系では、量子実験では見ることのできない系全体に生じる波の挙動、そのトポロジカル効果を明らかにしてくれるからです。」

ベリー卿から着想を得て

本研究の着想は、1980年に数理物理学者マイケル・ベリー卿が発表した研究にさかのぼります。ベリー卿は、AB効果が、古典的な流体実験によって再現できることを初めて示しました。量子力学におけるAB効果では、電子はソレノイドと呼ばれる、きつく巻かれた導線の周囲を通過します。ソレノイドに電流を流すと、その内部に磁場が発生しますが、磁場はコイルの中に閉じ込められ、外部には漏れません。ところが、磁場が存在しないソレノイドの外側を通る電子も、影響を受け、波としての位相がずれてしまうのです。

振幅と周波数が同じ二つの波(赤と青)を示すグラフ。赤の波のピークと谷は、青の波とは異なる時刻に現れており、互いに位相がずれていることが分かる。
振幅と周波数は同一だが、青と赤の波はピークと谷に達する時刻が異なるため、位相が異なる。 
© Waurids Baskurtf, Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.5

ベリー卿の実験では、水槽の排水口にできる渦がソレノイドの代わりとなりました。電子の代わりに、水槽内に水波を発生させ、渦の回りに伝わる状態を作り出しました。すると、波は特徴的に歪み、渦を中心とした熊手のようなパターンを形成し、波の位相がずれていることが明らかになりました。

「波を反対方向に流すと、鏡像のようにパターンも逆向きになります」と語るのは、共同筆頭著者で、同ユニットの元ポスドク研究員であるJonas Rønning博士です。「私たちが抱いた疑問は、両方向から同時に波を送るとどうなるか、というものでした。パターンは互いに打ち消し合うか、あるいは両方に熊手状のパターンが現れるのではないかと考えていましたが、私たちの直感は完全に間違っていました。」

波が渦を通過する際、波は歪んで熊手状のパターンを形成し、中央の渦の周囲に現れる。波の進行方向を変えると、この歪みパターンは鏡像となる。上段はシミュレーション結果、下段は実験結果。
© Singh et. al., (2026) Commun. Phys.

進行波から定在波へ

今回の実験では、研究チームは特注の大型水槽の中心に渦を形成し、水槽の両側から互いに向かい合うように波を発生させて干渉させました。水槽下部から照明を当て、高速カメラで記録することで、水槽全体にわたる波のパターンが時間とともにどのように変化するかを追跡しました。 

実験台の上に設置された水槽。内部には浅い水の層があり、水槽の下から照明が当てられている。上部には高速カメラが設置されている。
研究チームは、水面の波パターンを検出するため、上部に高速カメラを備えた特注の水槽を製作した。 
© アンドリュー・スコット(OIST)

渦がない条件下では、水槽の両側から進む波が衝突・干渉すると、波がその場に固定されたように見える定在波が形成されます。そして、同一の位相を持つ波が並ぶ「波面」と呼ばれる静止した線が現れます。

しかし、渦を加えると状況は一変します。渦によって波の位相が変化し、その結果、定在波同士の干渉の仕方が変わって、振幅がゼロとなる「節線」と呼ばれる線が回転して現れます。

「最初にこれらの線を見たときは、実験上のノイズだと思いました」とシンさんは振り返ります。「ところが、シミュレーションでも同じ現象が現れたのを見て、すべての作業を中断し、この現象が生じるメカニズムを数学的に解き明かすことに取りかかりました。」

これらの節線は興味深い挙動を示します。常に渦の回転方向とは逆向きに回転し、渦の流れが強まるにつれて、その本数が増加します。

シミュレーション(上段)と実験(下段)の双方において、渦の流れが速くなるにつれて、回転する節線の本数が増加した。流れが弱い場合(左)には節線は1本のみ観察されるが、流れが強い場合(右)には節線が2本現れる。
© Singh et. al., (2026) Commun. Phys.

今回の発見は、まだ基礎的な段階にあるため、これらの節線がどのように実用的に応用できるかは、現時点では明らかになっていません。しかし、同ユニットを率いる責任著者のマヘッシュ・バンディ教授にとって、真の魅力は、この古典系を用いた研究に無限の可能性が開かれている点にあります。 「今後の方向性の一つとして、複数の渦を導入し、それらを格子状に配置することで、系をさらに複雑にしてみることが考えられます」とバンディ教授は話します。「そのような設定は、波が超電流のように振る舞う一部の超電導材料に見られるような条件となります。何が観察されるかはまだ分かりませんが、それこそが、この研究を行う価値がある理由なのです。」

より広い視点で見ると、本研究は、量子世界を理解する上で、単純な古典的推論が持つ力を浮き彫りにしています。「理論研究者であれば、こうした効果を予測できるかもしれませんが、量子実験ではそれを観測することはできません」とバンディ教授は言います。「しかし、このような古典的推論を使えば、観測が可能になるのです。」

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