ゲノムの多様性が真珠貝を病気から守る

極めて精度の高いアコヤガイのゲノムの再構築に成功しました。病気に強く、美しい真珠の養殖につながることが期待されます。

ゲノムの多様性が真珠貝を病気から守る

共同プレスリリースはこちら(PDF)

本研究のポイント 

  • 美しい宝石である真珠を生み出すアコヤガイは、日本の真珠養殖業にとって不可欠である。
  • しかし、病気などのさまざまな要因が重なり、アコヤガイ真珠の生産量はこの20年間で年間約7万キログラムからわずか2万キログラムに落ち込んだ。
  • 本研究では、アコヤガイの遺伝子を詳しく解明して病気に強い系統を発見するため、染色体規模で高精度なゲノム再構築を行った。
  • 高度な技術を用いて1セットのみならず2セットの染色体のゲノムを再構築したところ、同一個体内の遺伝子に多様なレパートリーが存在するという予想外の発見に至った。
  • 注目すべき発見は、免疫に関わる多様な遺伝子が見つかったことである。本研究成果は、病気に強いアコヤガイの養殖に役立つと期待される。

プレスリリース

ネックレスやイヤリング、指輪などに使われる美しい真珠を作るアコヤガイは、日本の重要な水産動物です。1990年代前半には、真珠養殖の生産額は、年間約880億円にも上りました。しかし、新たな病気や、赤潮などの海況異常が重なり、日本のアコヤガイ真珠の生産量は、この20年間で年間約7万キログラムからわずか2万キログラムにまで落ち込んでいます。そのような中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、ミキモト真珠研究所や水産研究・教育機構 水産技術研究所などの複数の研究機関と共同研究を行い、アコヤガイのゲノムを染色体レベルで高精度に再構築しました。科学誌DNA Researchに発表された本研究成果は、病気に強い系統の発見に役立つ可能性があります。

 

アコヤガイの真珠
アコヤガイの真珠。ネックレスやイヤリング、指輪などに使われる美しい真珠を作るアコヤガイは、日本の重要な産物である。 Credit: 株式会社ミキモト、ミキモト真珠研究所
Credit: 株式会社ミキモト、ミキモト真珠研究所
アコヤガイの真珠。ネックレスやイヤリング、指輪などに使われる美しい真珠を作るアコヤガイは、日本の重要な産物である。 Credit: 株式会社ミキモト、ミキモト真珠研究所

本研究論文の2名の筆頭著者のうちの1人であるOISTマリンゲノミックスユニットの竹内猛博士は、次のように述べています。「ゲノムの配列決定は非常に重要です。ゲノムは、ある生物が持つ全遺伝子セットであり、その多くは生存に不可欠なものです。完全な遺伝子配列が分かれば、様々な実験が可能となり、免疫や真珠が作られるしくみに関する謎を解き明かすことが可能となります。」

竹内博士は、2012年に共同研究チームと共にアコヤガイ(Pinctada fucata)のドラフトゲノム(全ゲノムの概要)を発表しました。この研究は、軟体動物のゲノムアセンブリを再構築した最初の研究の1つです。研究チームは、より精度の高いゲノムアセンブリを染色体レベルで再構築するため、ゲノム配列の解読を続けました。

アコヤガイのゲノムは、それぞれの親から受け継いだ14対の染色体からなり、各対の2本の染色体はほぼ同じ遺伝子を持っています。しかし、遺伝子に多様なレパートリーを持つことが生存に有利になるとすれば、染色体同士の間に微妙な違いが存在している可能性があります。

従来、ゲノム配列決定は一対の染色体をひとつに統合します。この手法は、通常、染色体ペアの間でほぼ同じ遺伝情報を持つ実験動物においては有効です (図i)。しかし、野生動物の場合は染色体ペアの間に多数の変異があるため、統合する手法で再構築したゲノムでは一部の情報が損なわれてしまいます (図ii)。

そのため、本研究では染色体同士を統合せず、それぞれのゲノム配列を別々に再構築するという非常に珍しい手法をとりました (図iii)。海産無脊椎動物を対象とした研究においてこの手法が用いられたのは、おそらく初めてのことです。

生物が生命活動を維持するために必要な遺伝情報を「ゲノム」という。ゲノム解読では、個々の細胞からDNAを取り出し、断片化して解析し、そのDNA配列の断片を再構築してゲノムアセンブリを得る。有性生殖を行う動物は、母親と父親からそれぞれ1セットずつゲノムを受け継ぐ。片方の親に由来する1セットのゲノム情報を「ハプロタイプ」という。(i)系統が確立した実験生物や遺伝的多様性が低い種では、1個体がほぼ同一のゲノムを2セット持っているため、ハプロタイプ同士を混ぜ合わせて再構築したゲノムアセンブリは、元の2セットのゲノムの両方に類似することになる。(ii)野生動物のように遺伝的多様性が高い生物では、ハプロタイプ間のDNA配列に大きな違いがあるため、従来のように2つのハプロタイプを混ぜ合わせてゲノムアセンブリを再構築すると、一部のゲノム情報が損なわれる可能性がある。(iii) 本研究では、最新のシーケンサーを用いることで、高精度で長いDNA配列決定が行われた。研究チームは、2つのハプロタイプのゲノムを別々に再構築した。
生物が生命活動を維持するために必要な遺伝情報を「ゲノム」という。ゲノム解読では、個々の細胞からDNAを取り出し、断片化して解析し、そのDNA配列の断片を再構築してゲノムアセンブリを得る。有性生殖を行う動物は、母親と父親からそれぞれ1セットずつゲノムを受け継ぐ。片方の親に由来する1セットのゲノム情報を「ハプロタイプ」という。(i)系統が確立した実験生物や遺伝的多様性が低い種では、1個体がほぼ同一のゲノムを2セット持っているため、ハプロタイプ同士を混ぜ合わせて再構築したゲノムアセンブリは、元の2セットのゲノムの両方に類似することになる。(ii)野生動物のように遺伝的多様性が高い生物では、ハプロタイプ間のDNA配列に大きな違いがあるため、従来のように2つのハプロタイプを混ぜ合わせてゲノムアセンブリを再構築すると、一部のゲノム情報が損なわれる可能性がある。(iii) 本研究では、最新のシーケンサーを用いることで、高精度で長いDNA配列決定が行われた。研究チームは、2つのハプロタイプのゲノムを別々に再構築した。
生物が生命活動を維持するために必要な遺伝情報を「ゲノム」という。ゲノム解読では、個々の細胞からDNAを取り出し、断片化して解析し、そのDNA配列の断片を再構築してゲノムアセンブリを得る。有性生殖を行う動物は、母親と父親からそれぞれ1セットずつゲノムを受け継ぐ。片方の親に由来する1セットのゲノム情報を「ハプロタイプ」という。(i)系統が確立した実験生物や遺伝的多様性が低い種では、1個体がほぼ同一のゲノムを2セット持っているため、ハプロタイプ同士を混ぜ合わせて再構築したゲノムアセンブリは、元の2セットのゲノムの両方に類似することになる。(ii)野生動物のように遺伝的多様性が高い生物では、ハプロタイプ間のDNA配列に大きな違いがあるため、従来のように2つのハプロタイプを混ぜ合わせてゲノムアセンブリを再構築すると、一部のゲノム情報が損なわれる可能性がある。(iii) 本研究では、最新のシーケンサーを用いることで、高精度で長いDNA配列決定が行われた。研究チームは、2つのハプロタイプのゲノムを別々に再構築した。

アコヤガイには、14対28本の染色体があります。OISTの技術員である藤江学さんと川満真由美さんが、最先端の技術を用いてゲノム配列決定を行いました。本論文のもう1人の筆頭著者であり、OISTの生態・進化ゲノミクスアルゴリズムユニットの元ポストドクトラルスカラーで、現在は東京大学に在籍している鈴木慶彦博士は、竹内博士と共に28本の全ての染色体を再構成しました。その結果、ある1対の染色体(第9染色体)の間に重要な違いがあることを発見しました。なかでも特に重要な発見は、これらの遺伝子の多くが免疫に関連するものであるということです。

「1対の染色体上に異なる遺伝子が存在するということは、タンパク質が、異なる種類の病原体を認識できる可能性があるため、重要な発見です」と竹内博士は述べています。

竹内博士は、養殖のアコヤガイには、生存率が高い系統や、美しい真珠を作る系統が多くみられることを指摘しています。養殖業では、これらの系統のアコヤガイ同士を使って繁殖させることが多いため、近親交配になり、遺伝的多様性が低くなります。研究チームは、近親交配を3回繰り返すと、遺伝的多様性が著しく低下することを発見しました。もしもこの遺伝的多様性の低下が、免疫関連の遺伝子が存在する染色体部位で生じた場合、免疫能力の低下につながる恐れがあります。

竹内博士は最後に、「養殖個体群のゲノム多様性を維持することが重要です」と説いています。

本研究は生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)」の支援を受けて行われたものです。

プレスリリースに当たってのコメント

渡部終五(北里大学客員教授、東京大学名誉教授)

養殖真珠は130年ほど前にわが国の御木本幸吉によって世界で初めて技術開発されてものであるが、現在でもわが国で生産される水産物の中で輸出額が高く、ホタテガイに次いで2番目となっている。しかしながら、わが国の真珠養殖の歴史をみると養殖環境に関係する病気との戦いであった。特1996年に顕在化した赤変病による被害は大きく、わが国の養殖真珠の生産量は大きく減少した。近年、ウイルスを原因微生物とする病気がまん延し、真珠養殖業界は再び大きな問題に直面している。いずれの病気もその要因の詳細や対策は確立していないが、わが国の真珠養殖は優良形質をもつアコヤガイを近親交配して母貝とすることで種々の環境変化や病原菌の出現に対して自己対応が困難な遺伝的な劣化が起こっている可能性が指摘されてきた。今回の研究成果は、わが国の真珠養殖のこの懸念に科学的なメスを入れたもので、産業的な意義は極めて大きい。また、免疫系に関わる遺伝子の多くが同定されており、なぜアコヤガイが外部から導入した異質の物体に反応して真珠層を形成してそれを包み込むことができるのか、真珠形成そのものの謎にも迫るものである。わが国のアコヤガイを母貝とする真珠養殖で生産されるアコヤガイ真珠は、他の真珠母貝から生産される真珠には見られない独特な気品のある輝きが世界中を魅了しており、今回の研究はその特徴が遺伝的に解明される端緒となることも期待される。

論文情報

  • タイトル: A high-quality, haplotype-phased genome reconstruction reveals unexpected haplotype diversity in a pearl oyster
  • 著者:Takeshi Takeuchi, Yoshihiko Suzuki, Shugo Watabe, Kiyohito Nagai, Tetsuji Masaoka, Manabu Fujie, Mayumi Kawamitsu, Noriyuki Satoh, Eugene W. Myers
  • 所属:沖縄科学技術大学院大学、北里大学海洋生命科学部、株式会社ミキモト、ミキモト真珠研究所、国立研究開発法人水産研究・教育機構(旧増養殖研究所)、マックス・プランク分子細胞生物学・遺伝学研究所
  • 発表先: DNAリサーチ
  • DOI: 10.1093/dnares/dsac035
  • 発表日:2022年11月10日

株式会社ミキモト 真珠研究所、国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産技術研究所との共同プレスリリースはこちら(PDF)

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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