メタロセンの形成過程を究明

二重リングスリップ中間体の構造を初めて詳細解析――刺激応答性材料設計に新たな可能性

金属原子が二つの炭素環にサンドイッチ状に挟まれた構造を持つ化合物である「メタロセン」は、1950年代に発見されて以来、有機金属化学の中核的存在として、触媒、材料設計、エネルギー、センシング、ドラッグデリバリー(薬物送達)など幅広い分野で応用されてきました。しかし、不安定な中間体は一時的にか存在しない性質であるため、その形成の仕組みについての知見は限られていました。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、この度、学術誌『米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society, JACS)』に掲載された論文において、メタロセン形成過程における「二重リングスリップ」反応中間体の完全な構造特性評価を世界で初めて報告しました。この特異な構造の解明により、メタロセンがどのように生成し、分解し、反応するのかについて新たな知見が得られました。さらに本成果は、幅広い応用が期待される刺激に応答するメタロセン系材料の設計に向けた新たな可能性を広げるものです。

二重リングスリップ型メタロセン誘導体のX線構造。複合体の中心にはルテニウム原子(ピンク色)が位置し、炭素(灰色)、窒素(青)、水素(緑)と結合している。
二重リングスリップ型ルテノセン誘導体(金属がルテニウムであるメタロセン誘導体)のX線構造。ルテニウム(ピンク)、炭素(灰色)、水素(緑)、窒素(青)の原子で構成されている。本研究では、この希少で比較的安定した中間体を、ピンサー配位子を導入することで単離した。図では、このピンサー配位子がルテニウム金属原子の上方から結合している様子が示されている。ピンサー配位子は、配位子上の三つの異なる原子部位を介して金属と結合している。
© Copyright 2026 American Chemical Society より許可を得て以下の論文から引用:Wech et al., JACS, 2026, 10.1021/jacs.6c04198.

乱れたサンドイッチ構造が安定した中間体の発見につながる

フェロセンは、最もよく知られたメタロセンのひとつであり、発見者は1973年にノーベル化学賞を受賞しています。二つの五員環(シクロペンタジエニル環)の間に鉄原子が挟まれたサンドイッチ構造をとり、安定した遷移金属錯体は最外殻に18個の電子を持つという、有機金属化学の「18電子則」を体現しています。

フェロセンの分子構造
フェロセンの分子構造。鉄(赤)、炭素(灰色)、水素(白)の原子で構成されている。鉄が18電子配置をとる(中性電子数カウントでは、各シクロペンタジエニル環が5電子ずつ供与し、鉄原子の8電子と合わせて合計18電子となる)構造となっている。
© Satoshi Takebayashi, using a publicly available cif data file from the CCDC, with data from P.Seiler, J.D.Dunitz, Acta Crystallographica,Section B:Struct.Crystallogr.Cryst.Chem., 1979, 35, 1068, DOI: 10.1107/S0567740879005598

竹林智司博士が率いるOIST有機金属化学グループは、18電子則を超えた新しいサンドイッチ型錯体の創製に取り組んでおり、昨年には20電子フェロセン誘導体を報告しました。同研究では、ルテニウムを用いた同様の20電子錯体の合成も試みましたが、反応の結果として得られたのは18電子錯体でした。この結果が、現在の研究のきっかけとなりました。

「ルテニウム錯体形成反応の過程で中間体の単離に成功し、単結晶X線回折法を用いてその構造を解析しました。驚いたことに、その構造は二重リングスリップ構造であることが分かりました」と竹林博士は述べています。

リングスリップとは、環状分子が金属に結合する際に、結合に関与する原子の数が増減する現象です。今回のケースでは、通常、一つの環につき五つの炭素原子が関与する結合が、わずか一つにまで減少しています。本研究は、二重リングスリップを起こしたサンドイッチ型中間体の分子構造を初めて解明したものであり、メタロセン錯体の形成メカニズムの理解において大きな飛躍をもたらすものです。

機械的な力を加えることで、フェロセン含有ポリマーがどのようにリングスリップを起こすかを示した反応メカニズムの提案
リングスリップでは、特定の結合に関与する炭素環の原子数が変化する。18電子メタロセンにおける多重リングスリップは、その安定性ゆえに稀だが、この例に見られるように、ピンサー配位子を用いることで促進される可能性がある。
リングスリップは、機械的な力を加えることなど、いくつかの方法で誘起される可能性がある(例えば、メタロセン含有ポリマーの両端を引っ張るなど)。リングスリップによって分子構造が変化すると、その特性も変化するため、刺激応答性材料の設計に新たな可能性が開かれる。
 
© Copyright 2026 American Chemical Society より許可を得て以下の論文から引用:Wech et al., JACS, 2026, 10.1021/jacs.6c04198.

研究チームはさらに、NMR(核磁気共鳴)や質量分析など多様な分析手法を用いてルテノセン誘導体の完全な構造解析を行いました。また、計算化学と実験の両面から生成経路を検討し、二重リングスリップ構造から不安定な単一リングスリップ型の中間体が生成することを明らかにしました。

竹林博士は次のように述べています。「近年、メタロセンを材料に組み込むことで新たな特性を引き出そうとする研究が再び注目されています。その反応性や変形挙動を理解することで、ドラッグデリバリー、触媒、センサーなどに応用可能な、特性を自在に調整できる構造の設計が可能になります。」

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