生命はいかにして鮮明な模様の境界線を描き出すのか?〜変異体のカクレクマノミが解き明かす細胞同士の役割〜

生物の模様を形作るために不可欠な古い遺伝子の働きが明らかに。生物が自らの体の模様を組み立てる仕組みを理解するうえで重要な手掛かりになります。

1999年、英国のとある熱帯魚愛好家の水槽で、1匹のカクレクマノミ (Amphiprion ocellaris) がふ化しました。

カクレクマノミは、細い黒い線で縁取られた3本の真っすぐな白い縞模様が特徴で、愛好家の間で人気があります。ところが、この英国の個体は特別でした。通常の直線的な縞模様ではなく、波打つようにうねった模様が体の左右両側に対称的に見られたのです。この特徴は世代を超えて受け継がれ、「スノーフレーク」と名付けられました。しかし、この不規則な模様がどのように生じるのか、その仕組みは謎のままでした。

それから20年の後、沖縄科学技術大学院大学(OIST)、台湾の中央研究院(Academia Sinica)、京都大学、米バージニア大学の研究者たちが、この変化を引き起こす遺伝子をついに特定しました。その過程で、生命は、いかにして規則的な模様を作るのかという、根本的な謎に迫る手掛かりも得られました。この研究成果は、科学誌『Nature Communications』に掲載されました。

「概念的には単純なはずです」。そう話すのは、OIST海洋生態進化発生生物学ユニットのヴァンサン・ロデ教授です。「でも、実際には謎に包まれています。一つ一つの細胞は、自らが黒・白・オレンジのいずれになるかをどう判断しているのでしょうか。そして、魚の体では、いつも決まってきれいに整った模様ががどのようにして形成されるのでしょうか。スノーフレークは、単に遺伝的なメカニズムへの手掛かりだけでなく、種を超えた模様形成を研究するための普遍的な枠組みも示してくれました。」

野生型カクレクマノミと変異体スノーフレークの写真3枚。左端の写真は、野生型で白とオレンジの境界がくっきりとして滑らかだが、残りの2枚の写真は、変異体スノーフレークで白とオレンジの境界が波打つようにギザギザしている。
野生型のカクレクマノミ(写真左1枚)と変異体スノーフレーク個体(写真右2枚、体の両側を表示)の比較。変異体スノーフレークは、波打つような模様が左右対称に現れており、遺伝的メカニズムの関与が示唆される。
© Fiona Li

一つのアミノ酸の変化置換から、普遍的なモデルへ

変異体のスノーフレークは、独特の模様を除けばあらゆる点で他のカクレクマノミと変わらないため、色素形成の遺伝的基盤を研究するうえで「理想的なモデル生物」です。スノーフレークがなぜそのような模様になるのかを解明するため、研究チームは別の魚に注目しました。それは、水平な縞模様を持つことで知られ、研究が進んでいる淡水魚の「ゼブラフィッシュ」です。ゼブラフィッシュは、成長しても横縞の幅や間隔の比率が一定に保たれることから、模様形成研究でも広く用いられるモデル生物です。縞模様の代わりに斑点模様が現れる変異体「レオパード」を手掛かりに、過去の研究で模様形成に関わる遺伝子の一つが特定されていました。この遺伝子は特定の「ギャップジャンクションタンパク質」を作る指令を出しています。このタンパク質は、電気信号や小さな分子という形で細胞が情報を交換することを可能にするいわば「細胞同士をつなぐ電話線」のような役割を果たしています。

左:直線状の縞模様の代わりに斑点模様を持つゼブラフィッシュの変異体レオパード個体。右:特徴的な横縞模様を持つ野生型ゼブラフィッシュ。
左:直線状の縞模様の代わりに斑点模様を持つゼブラフィッシュの変異体レオパード個体。右:特徴的な横縞模様を持つ野生型ゼブラフィッシュ。
© Yipeng Liang

研究チームが変異体のスノーフレークと野生型のカクレクマノミのゲノムを比較したところ、驚くべき類似性が発見されました。ロデ教授は「すぐに気づきました。スノーフレークは、ゼブラフィッシュの変異体レオパードと全く同じギャップジャンクション遺伝子に変異があったのです」と話します。

しかし、この発見は答えよりも多くの疑問を生むことになりました。ゼブラフィッシュでは、ギャップジャンクションタンパク質が、いわゆる「チューリング・パターン」の形成に関与していると考えられていたからです。英国の数学者アラン・チューリングが提唱したこのモデルは、タンパク質が色素細胞同士の「近くのものとは反発し、遠くのものとは助け合う」という情報のやり取りをすることで、ゼブラフィッシュのような均一な模様が自然に組み上がる仕組みを説明しています。

一方、カクレクマノミの縞模様は、生涯を通じてその数と位置が固定されているため、チューリングモデルでは説明がつきませんでした。これは、縞模様がいつどこで形成されるかを指定するために、何らかの別の情報交換がされていることを意味します。本研究の筆頭著者である海洋生態進化発生生物学ユニットの マーレーン・クラン博士は次のように述べています。「私たちは、ギャップジャンクションタンパク質がゼブラフィッシュのチューリングパターン形成に特有のものではなく、より一般に、細胞間コミュニケーションを円滑にする役割があることを示しました。また、このタンパク質は私たちが考えていたよりもはるかに古いものであることも明らかになりました。実際、淡水魚のゼブラフィッシュと海水魚のカクレクマノミは、進化の過程で2億年以上前に分かれています。」

この重要な証拠は、『隣り合う細胞がどうやって整列し、境界を作るのか』という、生物すべてに共通する仕組みの存在を示唆しています。研究チームは、カクレクマノミの色素細胞の組織化を支配する原理をより深く理解するため、別の分野、すなわち膜物理学に注目しました。そこで、いわゆるEdwards-Wilkinsonモデルが、カクレクマノミをはじめとする生物の色素細胞間の明瞭な境界の形成と崩壊を正確に説明できる、最も単純なモデルであることを発見しました。

「このモデルは二つの力を示しています」と、共著者で、OIST生物複雑性ユニットを率いるシモーネ・ピゴロッティ教授は説明します。「一つは表面張力で、これは滑らかな膜を形成する方向に働きます。もう一つはノイズで、これは逆の効果をもたらします。これら二つの力のバランスが、膜ーそして色素パターンーがどの程度波打つか(あるいは真っ直ぐになるのか)を決めるのです。」

「このモデルは汎用的なツールであり、私たちの観察結果を理解するだけでなく、種を超えて次にどこに着目すべきかについての手掛かりも与えてくれます。ひいては、より一般的な原理の解明にも役立つでしょう。これは理論と実験の間の好循環です」とピゴロッティ教授は話します。

ロデ教授は次のように結論付けます。「スノーフレークと、京都大学の木下政人准教授と共同で開発し遺伝子改変に成功したカクレクマノミのおかげで、概念的には平凡に見える細胞の組織化の背後に潜む、驚くほど複雑なメカニズムの解明に一歩近づくことができました。」

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