イカの起源と多様化の謎に迫る 1億年前の深海で灯った進化の導火線

最新の解析により、現代のイカは深海を起源とし、大量絶滅が引き金となって多様化が始まったことが示唆されました。

体の色を自在に変えたり、ジェット推進で泳いだり―イカは独特の能力をもつ生き物として、長年にわたり科学者の関心を引きつけてきました。その特徴がどのようにして生まれたのかを明らかにするため、多くの研究者が進化の歴史を解き明かそうとしてきました。しかし、化石の記録が乏しいことやゲノム情報が十分に揃っていないことから、イカの進化を確かな形で整理するのはこれまで困難でした。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)が行った新たな研究では、既存のデータベースに新たに解読した3種のイカゲノムを組み合わせ、現在のイカ(十腕形上目)がどのように多様化したのか、その進化に潜む長い導火線を明らかにしました。研究成果は、科学誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載されました。

本論文の筆頭著者であり、OIST分子遺伝学ユニットのスタッフサイエンティストであるグスタボ・サンチェス博士は次のように話しています。「イカは驚くべき生き物ですが、その進化を解き明かすことは非常に難しいことが知られていました。その祖先に関する疑問は数十年にわたり研究されてきましたが、研究グループごとに異なる形態学的特徴や分子データに基づいてさまざまな進化仮説が提唱されてきました。今回、私たちが取得した新たなゲノム情報により、その起源をめぐる謎の一端を明らかにすることができました。」

十腕形上目の謎に迫る

イカは、深海から浅い沿岸域まで、地球上のさまざまな環境に広く生息しています。こうした多様なイカを結びつける数少ない共通点の一つが、体内に見られる貝殻です。しかし、この貝殻には多様な形態が見られます。例えば、コウイカでは滑らかで丸みを帯びた甲が発達し、遠洋性や沿岸性の種では薄く剣のような軟甲が見られます。トグロコウイカでは螺旋(らせん)状の殻が特徴的で、浅海域の種では体内の貝殻が完全に失われている場合もあります。

ヨーロッパコウイカ(Sepia sp.)
コウイカの一種(Sepia sp.)
© 浅田渓秋
コウイカの一種(Sepia sp.)

これまで、十腕形上目の進化を体系的に明らかにしようとする試みは、データ不足による制約を受けてきました。サンチェス博士は次のように説明します。「先行研究における十腕形上目の進化の道筋を再構築する試みでは、解像度の低いデータセットによる偏りの影響を受けやすかったため、異なる種間の真の系統関係が不明確になっていました。全ゲノムデータを用いることで、これらの生物がどのように進化してきたのかについて、より明確で一貫性のある全体像を示すことができます。」

多くのイカはゲノムが非常に大きく、一般にヒトの最大約2倍に達します。そのため、データの取得と解析には、最先端のシーケンシング施設と相当な計算能力が必要となります。また、シーケンシングには新鮮なDNAが必要ですが、海上で標本を調達する際にはこれが課題になります。「熱帯のサンゴ礁生態系でのみ豊富で多様性に富む系統もあれば、深海でのみ確認され、謎に包まれた系統もあります。私たちは幸運にも、沖縄という身近な場所でいくつかの重要な種を採集でき、さらに、より入手が難しい標本を手に入れられる同僚と協力することができました」とサンチェス博士は話します。

本論文では、ほぼすべての十腕形上目の系統を網羅したゲノム配列に基づき、史上初となる十腕形上目の系統樹を提示しています。これは、英国ウェルカム・サンガー研究所が資金提供する「Aquatic Symbiosis Genomics Project(水生共生ゲノムプロジェクト)」による、過去5年間にわたる国際共同研究の成果です。同プロジェクトは、ほかの海洋生物や淡水生物とともに、複数の頭足類のゲノム解読を目的としてきました。サンチェス博士は、このプロジェクトで頭足類研究拠点の日本における責任者を務めました。

「このプロジェクトでは、数年にわたり着実にゲノム解読を進めてきましたが、いくつか重要な空白が残っていました。本研究によって、これら欠けていたパズルのピースを埋めることができました」とサンチェス博士は語ります。

共著者であるスペイン海洋学研究所のフェルナンド・アンヘル・フェルナンデス・アルバレス博士は、特に謎の多いトグロコウイカ(Spirula spirula)の研究に強い関心を寄せてきました。深海に生息し、生きた姿には滅多に出会えないトグロコウイカは、その特異な内部殻構造によって、長年、生物学者を困惑させてきた存在です。博士は標本を手に取った瞬間、そのゲノム解析が秘める可能性を感じたといいます。「過去には、このイカの殻の構造から、一部の科学者が誤ってコウイカの近縁種であると結論付けていました」とフェルナンデス・アルバレス博士は語ります。「今回のゲノム解析によって、この知識の空白が埋まり、頭足類の進化をめぐるより大きな疑問が明らかになると思いました。」

青い背景に、手前の木製の机の上に、小さな螺旋状の殻が置かれている。殻は人の爪ほどの大きさで、表面には砂粒が付着している。
精巧なトグロコウイカの殻は、人の爪先ほどの大きさ。他の頭足類とは異なり、この殻の構造は失われずに保たれてきた。本研究ではトランスクリプトミクス解析を実施し、殻の生物鉱化と再生を支える遺伝子を明らかにした。
© キャサリン・ホッジス(OIST)

長い導火線モデル:長期間にわたる進化のしくみ

ゲノムデータと新たに発見された化石を組み合わせることで、研究チームはイカの起源と多様化を説明する進化のタイムラインと、生態学的シナリオを描き出すことに成功しました。

「私たちの分析によれば、イカは深海を起源とし、現在もトグロコウイカなどがその環境に生息しています」とサンチェス博士は話します。

このモデルによれば、十腕形上目の各目は約1億年前から急速に分岐し始め、その起源は白亜紀中期に遡ります。しかし6600万年前、「白亜紀–古第三紀境界(K–Pg境界)」として知られる壊滅的な大量絶滅が起こり、地球上の動植物種の4分の3が姿を消しました。この出来事は、恐竜の絶滅と、哺乳類の台頭をもたらしたことでよく知られています。では、イカはどのようにしてこの危機を生き延びたのでしょうか。

研究チームは、古代の頭足類が、深海ミクロコスモス内に酸素が豊富な「レフュジア」と呼ばれる避難所を見出せたと考えています。サンチェス博士は次のように説明します。「当時、海面付近は頭足類にとって非常に過酷な環境だったでしょう。沿岸域には酸素に富む生息地はほとんど存在しなかったはずです。また、浅海域では急激な海洋酸性化が起こり、殻を劣化させた可能性が高いのです。それでも殻という特徴が現在まで何らかの形で維持されてきたことは、彼らが深海に起源を持つことを示す証拠と言えます。」

白亜紀–古第三紀境界(K–Pg境界)後、沿岸部ではサンゴ礁の再構築が進み始めました。これに伴い、再び居住可能な浅海域の生態系が増加し、多くの古代の十腕形上目の系統が浅海へと進出していったのです。

「白亜紀に初期の分岐が起こった後、数千万年にわたり顕著な多様化は見られません。しかし、白亜紀–古第三紀境界(K–Pg境界)後の回復期になると、生態系が大きく変化するなかで種が新たな環境に適応していき、急速な多様化が一気に進みます。これは“長い導火線”モデルの典型例で、ほとんど変化の見られない期間の後に多様性が爆発的に増加することを示しています」とサンチェス博士は述べています。

十腕形上目の6大目(ヒメイカ目、ダンゴイカ目、閉眼目、コウイカ目、開眼目、トグロコウイカ目)の多様化を示す系統樹。
研究チームは、複数の十腕形上目のゲノムに加え、堅牢な進化モデルおよび化石証拠を併用した。系統樹では、白亜紀に四つの系統に分岐した後、白亜紀–古第三紀境界(K–Pg境界)の大量絶滅を経て急速な多様化が始まるまで、顕著な分岐は見られない。各末端の枝は異なる種を示す。十腕形上目の主要な目のうち、祖先の生息環境である深海に現在も残っているのは開眼目、トグロコウイカ目のみ。
© サンチェスほか(2026年)

遺伝子進化から遺伝子編集まで

研究チームは、本研究が、十腕形上目の特異的な特徴がどのように生じたのか、その起源を探る今後の調査に向けて、新たな枠組みを提供することを期待しています。

分子遺伝学ユニットを率いるダニエル・ロクサー教授は次のように述べています。「イカは、他の動物群と比べても、非常に多くの独自の特徴を有しており、科学者にとって尽きることのないインスピレーションの源です。これらのゲノムと、明確な進化関係図が得られたことで、頭足類で起こった主要な革新─新たな器官の出現、動的な擬態、そして驚くべき行動を支える神経系の複雑化─に関わる分子的変化を明らかにするための、有意義な比較が可能になります。」

研究ユニット

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