2026年11月2日
工業化された社会で暮らす人々の腸内細菌は進化していた
私たちの腸内には膨大な数の微生物が生息しており、その集まりである腸内細菌叢は、代謝や免疫機能の調節から、腸脳軸を介したホルモンや神経系への作用まで、健康に関わるさまざまな役割を担うことが分かってきています。
こうした腸内細菌を取り巻く環境は、人々の暮らし方によって大きく異なります。食生活や衛生環境、薬の使用状況は、工業化社会とそれ以前の社会で異なり、それによって腸内細菌の種類や構成が変化することは以前から知られていました。しかし、私たちの生活様式の変化に応じて、共生する細菌そのものも進化しているのでしょうか。
この度、学術誌『Cell』に掲載された新たな研究で、その可能性を裏付ける結果が得られました。研究チームは、工業化社会で暮らす人々から採取した腸内細菌株には、より多くの遺伝子が含まれていることを発見しました。その多くは比較的最近獲得されたもので、その大部分は他の微生物から取り込まれたものでした。また、異なる細菌種の間で共通する機能にも自然選択の痕跡が見つかりました。具体的には、ストレスへの応答や細胞表層構造の改変、代謝に関わる機能です。その中には、ビタミンB12の合成に関わる遺伝子や、私たちの免疫系が認識する細菌表面の成分であるリポ多糖(LPS)の産生に関わる遺伝子も含まれていました。これらの変化が人の健康にどのような影響を及ぼすのかは、今後の研究で明らかにする必要があります。
本研究は、ドイツのキール大学と米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが主導し、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のモデルベース進化ゲノミクスユニット(准教授:ゲルゲイ・ソローシ)が進化モデリングを担当しました。
OISTの同ユニットの生物情報学の専門家であるレーナルト・サント博士は次のように話します。「進化の根本的な謎を解き明かすために開発した手法やツールが、現代の私たちの日常生活にも関わる研究課題やデータの解析に役立つのはうれしいです。腸内細菌がどのように新しい遺伝子を取り込むのかを理解することは、その好例です。今回の成果がきっかけとなって、研究がさらに進み、変化する環境の中でも私たちがより健康に暮らせるようになることを願っています。」
遠い過去を探る手法で現代の進化に迫る
研究では、工業化社会と非工業化社会の両方から十分なサンプルが得られていた10種の腸内細菌に注目しました。その結果、10種すべてにおいて、工業化社会の人々から採取された細菌株は、タンパク質を作るための遺伝子をより多く持っていることが分かりました。この差は8種で統計的に有意でした。また、同じ細菌種の中でも、菌株によって持っている遺伝子の構成に大きな違いがあることが明らかになりました。
このようにゲノムサイズが大きいことには、二つの可能性があります。最近になって新たな遺伝子を獲得した可能性と、祖先の段階ですでにそれらの遺伝子を持っており、工業化環境がそうした系統を有利にした可能性です。この二つを区別するために用いられたのが、OIST研究チームの専門とする解析手法です。「系統樹リコンシリエーション」と呼ばれる手法では、個々の遺伝子の系統樹と、それを持つ細菌種の系統樹を比較します。両者の違いを調べることで、進化の過程で遺伝子がいつ獲得されたのか、あるいは失われたのか、はたまた別の生物へ移動したのかを推定できます。OIST研究チームはもともと、この手法を細菌の初期進化や菌類の起源など、数億年から数十億年にわたる進化史の研究に用いてきました。今回、サント博士はこれを、工業化に適応しつつある腸内細菌叢の比較的新しい進化史の解析に応用しました。
解析結果は明確でした。遺伝子獲得は系統樹の先端部分、つまり比較的最近の進化の段階に集中しており、工業化社会に関連する系統で特に多く見られました。また、遺伝子獲得の80〜90%は水平遺伝子伝播によるものでした。これは、細菌が親から遺伝子を受け継ぐのではなく、他の微生物から遺伝子を取り込む現象です。この際には、プラスミドやファージなどの可動性遺伝因子が一緒に移動することもあります。
ソローシ准教授は次のように述べています。「これらの手法はもともと、数億年から数十億年にわたる進化の歴史を調べるために開発されたものであり、これほど最近の現象の解析に役立つかどうかは分かりませんでした。サント博士はこの課題にうまく適用し、その結果、工業化社会に暮らす人々の腸内細菌が、比較的最近になってから、周囲の微生物から遺伝子を取り込み、それによってゲノムサイズが大きくなっていることを明らかにしました。」
ただし、研究チームは、この研究結果の解釈には慎重であるべきだとしています。こうした変化を引き起こしている要因が食生活なのか、薬剤の使用なのか、衛生環境なのか、それとも別の要因なのかはまだ分かっていません。また、ゲノムサイズの増加そのものが適応進化の結果であるとも断定できません。余分な遺伝子を排除する選択圧が弱まった結果である可能性も考えられます。さらに、本研究が対象としたのは10種の細菌に限られており、この傾向がより幅広い細菌にも当てはまるかどうかについては、今後さらなる研究が必要です。
今回の研究では、便サンプルから再構築したDNA配列だけでなく、実際に培養した細菌を用いました。研究チームは「Global Microbiome Conservancy」のコレクションに1841個の新しいゲノムを追加し、ライブラリーの総数は9か国56人のドナー由来の5981ゲノムとなりました。Global Microbiome Conservancyは、世界各地の地域社会と協力しながら、人の腸内細菌のオープンで非営利なライブラリーを構築している国際的な取り組みです。特に、これまで細菌叢研究で十分に調査されてこなかった集団を重視しています。
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