日本に生息するほぼすべてのサンゴ礁を「水一杯」で読み解く

造礁サンゴ83属を検出できるシステムを確立

沖縄科学技術大学院大学(OIST)のマリンゲノミックスユニット(佐藤矩行教授)を中心とする研究チームは、海面の海水サンプルだけで、国内で確認されている造礁サンゴ85属のうち83属を検出できるeDNAメタバーコーディングシステムを確立しました。これにより、国内の造礁サンゴのほぼ全属を効果的かつ高精度で把握することが可能になります。研究チームは、この新しいシステムを用いて、沖縄のサンゴ礁の新たな多様性を明らかにしました。

本研究は、一般財団法人沖縄環境科学センター、琉球大学、沖縄美ら島財団、宮崎大学、九州大学と共同で行われたもので、研究成果は学術誌 『Galaxea, Journal of Coral Reef Studies』 に掲載されました。

環境DNAからサンゴの多様性を明らかにする挑戦 これまでサンゴの調査は、訓練を受けたダイバーが現地のサンゴ礁を訪れ、種を識別し、定期的に変化を記録するという、時間と専門知識を要する手法で行われてきました。水中映像技術の進歩により、より広範囲な把握は可能にはなったものの、こうした従来のモニタリング手法には、制度や効率の面で限界があります。「サンゴは外的な特徴や形態が種内でほとんど変化しないため、目視での識別が難しく、従来の手法では包括的な調査が現実的ではありません。また、ダイバーの活動には時間と深さの制約があり、10〜20メートルの範囲のサンゴ礁を調べることはできても、10キロメートルや100キロメートルにわたる調査は不可能です」と、本研究の共著であるOISTマリンゲノミックスユニットの佐藤矩行教授は話します。

そうした課題を克服する新しい手法として研究されてきたのが、環境DNA (eDNA)によるメタバーコーディング技術です。サンゴを含むすべての生物は、粘液や破片、排出物などを通してDNAを常に環境中に放出しています。このeDNAを採取・解析し、既存のサンゴのDNAデータベースと照合することで、海に潜らずともサンゴの種類を把握することができるようになります。

2021年以降、OISTと東京大学の研究チームは、このメタバーコーディングシステムの研究に取り組んできました。しかし、大きな課題は、照合に必要なサンゴのDNAデータベースが不完全であることでした。日本の海域には約85属の造礁性イシサンゴが生息しているとされていますが、国際的な機関が保有する既存のデータベースには、そのうち約60属分のデータしか登録されておらず、約25属が検出対象から漏れていました。

そこで本研究では、この問題を解決するために22属のイシサンゴを収集し、ミトコンドリアゲノムを配列解析しました。さらに、地理的変異による誤判定を避けるために、別の12属についても再度シーケンスしました。これにより、日本で生息が確認されているイシサンゴ属85属のうち83属を検出できる、包括的なeDNAメタバーコーディングシステムが確立されました。

Collecting coral eDNA
実際の作業の様子。船に機材を持ち込み、海水をフィルターし、封をしてOISTに持ち帰って解析する。
実際の作業の様子。船に機材を持ち込み、海水をフィルターし、封をしてOISTに持ち帰って解析する。

このシステムにより、琉球列島全体に秘められていたイシサンゴの多様性が明らかとなり、これまでの調査では見逃されていた可能性のあるサンゴの属も検出されました。これにより、沖縄本島沿岸にはこれまで考えられていた以上に多様なサンゴが存在している可能性が示唆されています。

「私たちは沖縄本島および周辺の島々からサンプルを収集しました。このシステムを使って、これらの海域に生息する少なくとも70属のサンゴを特定し、これまでほとんど知られていなかった沖縄の豊かなサンゴ礁の生物多様性を明らかにしました。また、慶良間、宮古、久米島からのサンプルは、沖縄諸島の生態的重要性と、今後のサンゴ礁保全における重要な役割を示しています」と佐藤教授は話します。

保全への重要な一歩 サンゴ礁は地球上でもっとも生物多様性に富んだ生態系の一つで、海洋のわずか0.2%を占めるにすぎないにもかかわらず、全海洋生物の30%以上を支えています。また、サンゴ礁は海岸の防波、漁業資源の維持、世界中で何百万人もの人々の生計支援などの重要な役割も果たしています。しかし現在、海水温の上昇により広範囲でサンゴの白化が発生し、死滅やサンゴ礁の崩壊が進んでいます。

こうしたサンゴ礁を守るためには、まずそこにどのようなサンゴ種が生息しているのか、時間とともにどう変化しているかを把握することが重要です。頻繁かつ詳細なモニタリングは保全に不可欠であり、この新システムはそれを可能にする強力なツールです。

今後、この新たなシステムは、日本の沿岸域のみならず、太平洋全体における造礁サンゴの多様性を迅速かつ網羅的に把握するための強力なツールとしての活用が期待されています。

佐藤教授は次のように述べています。「サンゴは今や東京湾の入り口でも確認されており、これは気候変動によって海洋生態系が大きく変化していることを示す一例です。こうした変化に対応するためには、正確なモニタリングが急務であり、私たちが開発した新しいシステムはその有効な手段となります。この技術を使えば、東京湾のサンゴの分布や時間とともに起きる変化を把握し、将来の動向を予測することも可能です。また、海外での実証にも取り組もうとしており、パラオや台湾での展開を準備中で、今後はハワイへの応用も視野に入れています。」

環境保全の重要性がこれまでになく高まっている今、この革新的な技術が世界各地で活用されることで、サンゴ礁保全における新たな時代の幕開けが期待されています。

*本研究は、JST COI-NEXTプログラム、OISTサンゴプロジェクト、沖縄県イノベーション・エコシステム共同研究推進事業の支援を受けて実施されました。

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