超放射のスピンが示す量子スケールの“チームワーク”
量子粒子が協調して動作すると、単独の粒子では発せられないほど強力な信号を生み出すことがあります。この現象は「超放射」と呼ばれ、量子スケールでの協調を示す代表的な例です。これまで超放射は、量子系が急速にエネルギーを失う現象として知られており、量子技術にとっては課題と考えられてきました。しかし、この度、科学誌『Nature Physics』に掲載された新たな研究は、この常識を覆しました。集団的な超放射の効果が、自己持続的で寿命の長いマイクロ波信号を生みだすことが明らかになり、将来の量子デバイス開発に向け新たな道を拓くことが示されました。
「注目すべきは、一見無秩序に見えるスピン間の相互作用が、実は放射を促進している点です」と、本研究の筆頭著者であるWenzel Kersten博士は説明します。「この系は、通常は放射を妨げる無秩序な性質から、極めてコヒーレントなマイクロ波信号を生み出すように働きます。」
オーストリアのウィーン工科大学と沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、外部からのエネルギー供給なしに自発的に発生する長寿命のマイクロ波放射「自己誘導型超放射メージング(self-induced superradiant masing)」を初めて実証しました。この発見は、極めて安定かつ高精度なマイクロ波信号を生み出す新たな方法を提供し、医療から、ナビゲーション、量子通信まで、さまざまな分野における技術革新につながる可能性があります。
「この発見は、量子世界の見方を変えるものです」と、OIST量子技術センター長の根本香絵教授は語ります。「これまで量子挙動を乱すと考えられていた相互作用が、むしろ量子挙動を生み出すことを示しました。この転換は、量子技術に新たな方向性を切り拓きます。」
集団的なふるまいが強力なパルスを生み出す
研究チームは、ダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)中心という原子レベルの欠陥を高密度に集め、マイクロ波共振器に結合させることで、スピン系の集団的な挙動を調べました。それぞれの窒素-空孔(NV)中心は、スピンを保持しており、量子状態間で反転することで、ごく小さな磁石のように振る舞います。
「最初に超放射バーストが予想通り観測されました。しかしその後、予期していなかった細くて寿命の長いマイクロ波パルスが連続して現れました」と、OIST量子工学ユニットを率い、本論文の共著者であるウィリアム・マンロ教授は説明します。大規模な計算シミュレーションにより、研究チームは、これらのパルスの発生源を特定しました。それは、自己誘導的なスピンの相互作用で、動的にエネルギー準位を満たし、外部からの駆動なしに放射を持続します。マンロ教授は、「基本的に、この系は自らを駆動しています。スピン同士の相互作用が絶えず新たな遷移を引き起こし、量子集団挙動における本質的に新らしい現象をみせているのです」と説明します。
次世代量子技術への応用
本研究は、量子物理の新たな発見に加え、応用への道を拓く可能性があります。安定した自己持続的なマイクロ波放射は、超高精度の時計、通信リンク、ナビゲーションシステムなどの基盤となる可能性を秘めてます。これらは、GPSや通信、レーダー、衛星ネットワークなど、現代社会を支える技術です。
共著者であるウィーン工科大学Vienna Center for Quantum Science and TechnologyのJörg Schmiedmayer教授は、本研究の意義について以下のように説明しています。「今回観察に成功した原理は、磁場や電場の微細な変化を検出する量子センサーの性能向上にも役立つでしょう。医療画像、材料科学、環境モニタリングなど、さまざまな分野での応用が期待されます。また、より広い視野で見ると、この研究は、量子挙動に関する深い理解が、次世代の科学や産業の革新を支える新しい技術やツールの創出につながる可能性を示しています。」
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