ニモが住む宿主イソギンチャクの触手から新たな遺伝子情報が明らかに

本研究で明らかになった宿主イソギンチャクの新たな遺伝子情報は、クマノミと宿主の関係を理解するための新たな洞察を提供します。

ニモが住む宿主イソギンチャクの触手から新たな遺伝子情報が明らかに

カクレクマノミの、危険に満ちた長旅を描いたピクサー映画『ファインディング・ニモ』のイメージとは異なり、現実のクマノミは水中の住みかに深く愛着を抱きます。触手を持つ刺胞動物門の宿主イソギンチャクに幼魚のときに住み着き、生涯を通してほとんどのクマノミ類が宿主イソギンチャクに住みます。

クマノミ類や褐虫藻に対する研究は盛んに行われているものの、宿主イソギンチャク類に対する研究例についてはあまり知られていませんでした。今回、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループが主導した研究により、宿主イソギンチャクの進化による系統分化の歴史に関する新たな情報を明らかにしました。本研究成果により、クマノミと宿主との相互作用に関する理解が更に深まる可能性があります。本研究は、科学誌Zoological Science  8月号の表紙を飾りました。

科学誌の表紙を飾ったOISTの研究
科学誌Zoological Science 8月号の表紙を飾った宿主イソギンチャクに関する研究を行った研究チームの博士課程学生、柏本理緒さん。
科学誌Zoological Science 8月号の表紙を飾った宿主イソギンチャクに関する研究を行った研究チームの博士課程学生、柏本理緒さん。
 

OISTの海洋生態進化発生生物学ユニットを率いるヴィンセント・ラウデット教授は、次のように述べています。「クマノミ類と宿主イソギンチャク類は、サンゴ礁で見られる共生生物を代表する一例です。宿主イソギンチャクは、毒性を持つ触手でクマノミ類を外敵から守りますが、クマノミ類に対しては刺胞毒による深刻なダメージを与えることはありません。また、クマノミ類は、宿主イソギンチャク類をイソギンチャク類の外敵から遠ざけるだけでなく、食事排泄などから新陳代謝を促します。」

「しかし、まだ解明されていないことが多くあります。クマノミ類がどのように宿主イソギンチャクの触手にある刺胞毒を防ぐための正確な分子メカニズムや、クマノミ類が種特異的に宿主イソギンチャク類を選択することに刺胞毒が関与しているのかは明らかになっていません。これら共生関係を明らかにするためには、宿主イソギンチャク類のより詳細な分子生物学的情報が不可欠です。」

本研究では、沖縄県に生息する6種のクマノミ類の宿主である7種の宿主イソギンチャクの個体から触手を採取しました。

研究者らは、ゲノム解析よりも安価で容易なRNA-seq解析を用いて、宿主イソギンチャクの触手から得られるRNA情報を明らかにしました。研究グループは、何千もの宿主イソギンチャク類から得られた遺伝子を解析し、その中でも刺胞動物に共通する相同な遺伝子(同一祖先に由来する遺伝子)のうち,種分化によって分かれた遺伝子群を基に、進化系統樹を構築しました。その結果、従来の系統樹よりも詳細な宿主イソギンチャクの種分化の進化的関係を示す系統樹を初めて明らかにすることができました。

この系統樹解析により、宿主イソギンチャクがEntacmaea属、Heteractis属、Stichodactyla属の3つのグループに大きく分類されることを確認しました。さらに、先行研究で発見されたように、これまでHeteractis属に分類されていたセンジュイソギンチャク(Heteractis magnifica)は、実はStichodactyla属に属することを明らかにしました。

海洋生態進化発生生物学ユニットの博士課程学生で、本研究の筆頭著者である柏本理緒さんは、次のように述べています。「センジュイソギンチャクは、非常に紛らわしい外見をしています。触手がStichodactyla属のようなカーペット状ではなく、Heteractis属のように長く見えます、。触手などの見た目のみに基づいて種の同定を行うには限界があります。だからこそ、分子データが必要なのです。」

大型イソギンチャクのHeteractis属とStichodactyla属
センジュイソギンチャク(左)は、長い触手を持つシライトイソギンチャク(中央)などのHeteractis属に形態が酷似しているため、分類学的にはHeteractis属に分類されているが、実際はカーペットのような短い触手を持つハタゴイソギンチャク(右)などのStichodactyla属に属することが遺伝子情報から明らかになった。また、沖縄県に生息するカクレクマノミ(左と右)は、長い触手の形態に惑わされて分類してしまう人間とは異なり、ハタゴイソギンチャクとセンジュイソギンチャクのみに共生できることから、両種が遺伝的に近い関係であることをさらに裏付けている。
センジュイソギンチャク(左)は、長い触手を持つシライトイソギンチャク(中央)などのHeteractis属に形態が酷似しているため、分類学的にはHeteractis属に分類されているが、実際はカーペットのような短い触手を持つハタゴイソギンチャク(右)などのStichodactyla属に属することが遺伝子情報から明らかになった。また、沖縄県に生息するカクレクマノミ(左と右)は、長い触手の形態に惑わされて分類してしまう人間とは異なり、ハタゴイソギンチャクとセンジュイソギンチャクのみに共生できることから、両種が遺伝的に近い関係であることをさらに裏付けている。

本研究では、刺胞動物の刺胞に関連する遺伝子にも注目しました。刺胞は、クマノミと宿主イソギンチャクの相互作用を理解する上で重要です。

柏本さんは、次のように説明します。「刺胞の機能、つまり宿主イソギンチャク類の毒性に関わる遺伝子を理解することは、特定のクマノミ類の宿主の選択性を知るために重要な手がかりとなります。」

研究グループは、他の刺胞動物において確認されている刺胞の遺伝子情報やタンパク質情報を基に、宿主イソギンチャク類の刺胞の遺伝子と関与している約200の遺伝子を同定しました。これらの遺伝子のみを使用して系統樹を作成すると、研究者が以前に作成した系統樹と同じ分岐構造を示しました。つまり、これらの潜在的な刺胞遺伝子は同じ宿主イソギンチャクのそれぞれのグループ内において類似していることを意味します。そのうち、センジュイソギンチャクは、特にStichodactyla属と似た刺胞遺伝子を持つことが明らかになり、センジュイソギンチャクはStichodactyla属に進化的に近い分類であることが判明しました。

また、すべての宿主イソギンチャク類において、刺胞に関連する遺伝子の数が同程度であることを確認しました。このことから、宿主イソギンチャク類における毒性の違いは、数個の遺伝子数の変化や、発現の強さの違いにより生じた可能性が高いことが示唆されました。

今後、研究グループは、宿主イソギンチャク類の種間での遺伝子発現量や、同種においてクマノミ類をホストする状態とホストしない状態での触手の遺伝子発現量への影響を調べる予定です。

また、宿主イソギンチャク類の全ゲノム配列を決定する研究プロジェクトも進行中です。

OISTマリンゲノミックスユニットの元スタッフサイエンティストであるコンスタンチン・カールツリンさんは、次のように述べています。「全ゲノム配列情報を得ることができれば、これらの宿主イソギンチャク類の毒性、ひいてはクマノミ類との共生関係性に関するメカニズムをさらに理解することができるでしょう。」

論文詳細情報:

論文タイトル: Transcriptomes of Giant Sea Anemones from Okinawa as a Tool for Understanding Their Phylogeny and Symbiotic Relationships with Anemonefish
発表先: Zoological Science
著者: Rio Kashimoto, Miyako Tanimoto, Saori Miura, Noriyuki Satoh, Vincent Laudet, Konstantin Khalturin
発表日: 2022年5月2日
DOI: 10.2108/zs210111

 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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