女王アリの座を射止めるには:女王アリと働きアリを分ける進化の解明

発現パターンの類似性を示す「遺伝子共発現ネットワーク」が女王アリと働きアリでは異なることがわかりました。

 女王アリと働きアリは同じ遺伝子群から発生するにも関わらず、その生態学的役割は大きく異なります。同じ遺伝子群からそうした違いを有する個体へとどのように変化を遂げるかは未だに謎に包まれています。女王アリと働きアリの性質の違いを解明したこれまでの研究では、一度に調査されるアリ種の数は限られていました。しかし、この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、ヘルシンキ大学を含む世界中の研究機関と連携し、16種におよぶアリの豊富なデータを調査し、女王アリと働きアリの違いについて調べました。

 本研究チームは、あえて女王アリと働きアリの間で異なる発現を示す個別の遺伝子を取り上げず、双方に共通してみられる発現パターンを持つ遺伝子に着目しました。これが女王アリと働きアリに見られる構造・行動・機能上の違いの維持に関与していると考えられます。先日、その研究結果がGenome Biologyに発表されました。

 本研究チームを率いるOIST生態・進化学ユニットのアレキサンダー・ミケェエブ准教授と、ヘルシンキ大学ポスドクのクレアー・ムハンダン 博士は、36セットの遺伝子群の発現パターンの類似性を示す「遺伝子共発現ネットワーク」を作成するために、16種の女王アリと働きアリを採取し、そのトランスクリプトーム(細胞中に存在する全転写産物(全mRNA)の総体)の遺伝情報を解析しました。これは、社会性昆虫の遺伝子発現に関する研究における現時点で最も大きなデータであり、様々なアリ種の遺伝子発現の進化に光を当てるものです。その理由は、アリには進化を繰り返す様々な特性があるからです。

 ミケェエブ准教授は、「アリの起源は1億年以上前にさかのぼります」と言い、「アリの特性や順応性は非常に多様で、その多くが異なる種間で並行に進化しています」と説明します。

 本研究において確認された遺伝子群のほとんどが女王アリまたは働きアリの特性に関連しており、種間における共通点が確認されました。本研究により、女王アリと働きアリの構造・機能上の違いをもたらすのは、進化的に保存された遺伝子群の異なる発現、または、全てのアリ種において基本的に同じように発現する遺伝子であることが示唆されました。つまり、女王アリと働きアリの構造・機能上の相違点を説明するには、特定の遺伝子では無く、複数の遺伝子の関係が鍵を握ると考えられます。

 ミケェエブ准教授は、「この研究結果は、特性の進化における遺伝子発現の重要性に光を当てるものです。特に、関与する遺伝子を個別に見るだけではなく、他の遺伝子との関係に目を向ける必要があります」と強調します。

 驚くべきことに、これらの保存された遺伝子群は、アリの群れにおける女王アリの数や種の侵略性の高さ、働きアリの不妊率など、進化を繰り返す他の生物学的特性とも関連していました。これは、保存された遺伝的モジュールがアリの特性の発達や平行進化に関与している可能性を示唆するものです。

 この情報は、いかに遺伝子間の相互作用によって女王アリと働きアリの違いがもたらされるか理解するうえで役立つだけではなく、アリの進化、更に広義には、遺伝子発現の進化において重要な意味を持ちます。

 ムハンダン 博士は、「従来とは異なるアプローチで生態・進化学を遺伝子的に研究することを示すことができました」と言い、「この手法は、遺伝子発現と生理的・外的特性の関連を理解しようとする他の研究に役立つものです」とその意義を語りました。

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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