ニューロン活動を解き明かす最新鋭の装置「2光子励起顕微鏡」

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2光子励起顕微鏡でみたニューロン

 小さなものを観察したい時、あなたならどうしますか?虫眼鏡を使えばよく見えるかもしれません。でも、あなたの見たいものが、虫眼鏡で見ても見えないぐらい小さなものだったら、そして、それが生き物の体のなかだったら …。例えば、ネズミの脳の内部は、どうしたら観察できるでしょうか?

 OISTの研究者は、脳を構成するニューロンと呼ばれる神経細胞について調べています。これらの神経細胞は直径10ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ)。刺激を伝える神経の繊維は長さ1メートルに及ぶものもありますが、その幅はわずか1ミクロン以下です。脳の中には、こうした神経細胞が100億個もあり、お互いが複雑なネットワークを構成し、電気信号として絶えず情報を伝達しています。こうした情報伝達によって、私たちの思考や行動、発言や感情が生み出されることが分かっていますが、これらの神経細胞の活動がどのように行動へと結びつくのか、そして情報がどのように脳の中で処理されているのかは、いまだに謎のままです。

 細胞レベルで脳を調べるために開発されたのが、極めて精巧な顕微鏡技術です。この技術では、ニューロンの活動を視覚化します。そうすることで、顕微鏡によって、細胞間の電気信号を測定することができます。

 生きた細胞に蛍光蛋白質を遺伝子導入または付着させると、ニューロンはラベリングされ、特定の波長の光に照射されると発光します。また、ラベリングされたニューロンの活動が、発光に変化をもたらします。その結果、ニューロン活動は光信号に変換され、この光信号を測定することで生きた細胞をリアルタイムで観測することが可能になるのです。

 これらの光信号を記録するのに使われる最新鋭の技術のひとつが2光子励起顕微鏡です。「励起」とは、分子・原子・原子核などが、光、熱、電場、磁場など外部からのエネルギーを得て、より高いエネルギーをもった状態(励起状態)に移ることをいいます。2光子励起顕微鏡は、蛍光分子に2つの光子がほぼ同時に吸収されて励起を起こす現象を利用した技術で、光源はレーザーです。目的とする蛍光分子にレーザーの焦点をあてると、直径1ミクロン以下の小さな範囲が励起します。そして、レーザー照射する範囲を少しずつ移動させて組織内部を精密にスキャンしていきます。

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2光子励起顕微鏡

 2光子励起顕微鏡では、深さ1ミリの焦点面の三次元イメージを得ることができます。たった1ミリと思うかも知れませんが、生物学研究ではこれが大きな意味をもちます。OISTでは、複数の研究ユニットで脳の構造やその機能を調べるために2光子励起顕微鏡技術を用いています。

パーキンソン病の研究

 ニューロンからは長い軸索と樹状突起が伸びていて、軸索から別のニューロンの樹状突起への情報伝達の場をシナプスといいます。情報が伝達される時、電気インパルスが軸索を降りていきますが、樹状突起に到達する前に電気インパルスは化学信号となります。パーキンソン病の患者では、軸索末端のシナプス小胞の中に存在し、化学信号の伝達を司る神経伝達物質に異常が生じています。行動の脳機構ユニットの引間卓弥博士は2光子励起顕微鏡を使ってシナプスの働きを調べています。引間博士は、大脳皮質内の軸索シナプス小胞の放出量を検出することに取り組んでおり、パーキンソン病患者の神経伝達放出を可視化する方法を確立することを目指しています。

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2光子励起顕微鏡を操作する引間博士

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(上)2光子励起顕微鏡で神経細胞膜のみを可視化した図 
(下)神経細胞の軸索を可視化した図

 ニューロンが活動すると、ニューロンの膜電位が変化し、多くの場合、カルシウム濃度が変化します。これまでの研究で、脳の深部にある大脳基底核の機能障害は多くの神経行動障害をもたらすことがわかっています。神経伝達物質のドーパミンが欠乏することで発症するパーキンソン病も、その一つです。神経生物学研究ユニットの新道智視博士は、ニューロンのドーパミン受容体に蛍光蛋白質を遺伝子導入したトランスジェニックマウスを使って、大脳基底核の線条体という部分を調べています。新道博士は、電気生理学的手法(パッチクランプ法)と2光子励起顕微鏡を用いて、細胞の膜電位変化とカルシウム濃度を同時に測定することで、樹状突起の先に多数存在するドアノブのような形をした樹状突起棘の活動について理解を深めようとしています。

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2光子励起顕微鏡を用いたパッチクランプシステム
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トランスジェニックマウスの脳スライスの可視化を試みる新道博士

行動中の動物の脳の視覚化

 上述した研究には脳のスライス標本を使いますが、光学ニューロイメージングユニット代表研究者のベアン・クン博士は、行動している最中のネズミのニューロン活動を調べることを目指しています。もちろん、こうした研究を行うときに、最も重要なのが、動物愛護の観点に細心の注意を払うことです。その上で生きたネズミの研究を行うことによって、素晴らしい研究結果を期待することができます。行動中の動物の組織内部を観察するために、クン博士が自ら開発しているのが、最新技術を集約した2光子励起顕微鏡です。早ければ今秋にも完成するこの顕微鏡を用いれば、行動中のネズミのニューロン活動をあらゆるレベルでリアルタイムに測定することが可能になります。ニューロンネットワークにおける活動、単一のニューロンにおける活動、そして単一ニューロンの一部における活動と、生きた動物の全レベルのニューロン活動が観察できるようになるのです!

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開発中の2光子励起顕微鏡では白い球状のトレッドミルの上を生きたネズミに走らせる

 これまでに開発されたさまざまな技術により、私たちは脳の中で起きていることをより詳しく知ることができるようになりました。脳内の活動を理解することは、脳内の情報処理と行動に関する謎を解明することにつながります。OISTの研究者は脳について理解を深めようとしているばかりでなく、さらに新たな技術を開発することで、現在の技術の壁を越え、これまでは見ることのできなかったものを見ようとしています。OISTで生み出される新しい技術は、神経科学におけるさまざまな分野に適用できる可能性を秘めており、神経疾患の新たな治療方法の発見につながることが期待されます。

(名取 薫)

専門分野

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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