日本最大規模の海洋DNA調査、126種の魚類を従来の記録より北で確認

環境DNAを用いた全国規模の調査により、日本の魚類の生息域がこれまでになく詳細に明らかに。魚類が北上している可能性や沿岸地域社会への影響を探る新たな手掛かりが得られました。

気候変動によって陸や海の生態系が変わりつつあります。ある日海辺を訪れると、かつて見慣れた風景とはまったく異なる景色が広がり、見覚えのない海の生き物に出会うかもしれません。 

日本最大規模の海洋環境DNA(eDNA)調査の一環として、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、100種を超える魚類が、これまでの記録で知られていたよりもさらに北の冷たい海域に生息している可能性を示しました。この研究により、魚類の分布域をこれまでになく詳細に把握できるようになり、地球温暖化や気候変動が進む中、その変化を追跡することが可能になります。学術誌『Diversity and Distributions』に掲載された本研究は、eDNAサンプリングが、変化する海洋環境の実態を捉え、日本のみならず世界の経済、社会、環境に影響を及ぼす変化を理解する上で有効な手法であることを示しています。 

気候変動により魚は冷たい海域へ移動し、地域社会にも影響

気候変動はすでに世界中の自然環境を大きく変えています。今後数十年にわたりその影響は続くと見込まれ、とりわけ沿岸海域の生物は深刻な影響を受けると考えられています。海水温の上昇に伴う大きな変化の一つは、海洋生物がより冷たい海域を求めて移動することで、分布域が変化することです。海と深く結びついた経済と文化を持つ日本は、このような大規模な生物移動による大きな影響を受ける可能性があります。 

本研究の責任著者で、OIST海洋気候変動ユニットを率いるティモシー・ラバシ教授は次のように説明します。「日本各地の漁業者は、数十年前と比べて、漁獲される魚の種類が変わってきていることをすでに実感しています。これは地域の食生活に影響を及ぼします。新たに現れた魚は、買うのも、調理して食べるのもなじみがないかもしれません。一方で、地域の文化や歴史を受け継ぐ料理に使われてきた魚がいなくなれば、その料理を作れなくなる可能性もあります。さらに、それまでいなかった魚が急増すると、それらを獲るための新たな技術や道具、知識が必要となり、特に家族経営の小規模漁業者にとっては大きな負担となります。」 

しかし、地域住民の実感だけでは、どの地域でどの生物種に影響が及んでいるのかを正確に把握することは困難です。これまで生物の分布域変化を調べるために、市民科学による観察ネットワーク、現地調査、標本収集、生息適地予測などさまざまな手法が用いられてきました。しかし、どの手法にも限界があります。データの信頼性、調査に要する時間や費用、予測の不確実性といった課題があり、海洋生物学者や生態学者はより優れた手法を模索してきました。  

本研究は、eDNA解析を用いて既存のデータを補完する新しい手法を、初めて日本全国規模で適用しました。犯罪捜査で現場に残された微量のDNAから犯人を特定するように、近年、科学者たちは海洋生態系中に存在する微かな生物由来のDNA断片を利用してそこにどのような生物がいるのかを把握する手法を発展させてきました。ほかのDNAが混入しないよう注意は必要ですが、この方法では、わずかバケツ1杯の海水から、その場所に生息する可能性のある数千種もの生物についての情報を得ることができます。また、従来の調査手法と比べて、調査に要する時間を大幅に短縮できます。採取した海水からDNAを抽出し、塩基配列を解析した後、既知の生物のDNAデータベースと照合することで、そのDNAがどの生物に由来するのかを特定します。 

A person in a red raincoat and purple lab gloves sits in a boat.
eDNA解析のための海水サンプル採取を準備する大島アチュクバシュ・アイシェ遥博士。
© 河合恵理奈

日本で培われてきた海洋研究が、魚類の分布域変化の追跡を可能に

本研究の筆頭著者であり、OISTの博士課程を修了した大島アチュクバシュ・アイシェ遥博士は、日本が海洋生物の分布域変化の影響を受けやすい国の一つであると同時に、このような研究を実施できる数少ない国の一つでもあると述べています。「この手法を日本で適用する利点の一つは、eDNA解析に必要な参照DNA配列である『MiFishプライマー』が日本で開発されたことです。研究者たちは日本近海の海洋生物のDNA配列の解析に長年取り組んできたため、日本ではより多くの種を、より正確に検出できるようになっています。」 

さらに大島アチュクバシュ博士は次のように続けます。「OISTには必要なDNA解析設備がすべて整っています。また同じくらい重要なのは、日本各地の海洋研究施設やそのスタッフとのネットワークがあり、連携して研究を進められることです。」  

MiFishプライマーによる参照データが利用可能だったとはいえ、日本沿岸の魚類の分布域を把握するために十分な調査網を構築するには、各地の漁業関係者、環境機関、研究者との協力が不可欠でした。本研究では、大島アチュクバシュ博士らが新たに約1000件のeDNAサンプルを収集しました。これを既存データと統合した結果、2017年から2024年までの7年間にわたり、日本沿岸316地点から採取された計2672件のサンプルを解析することができました。 

Map of Japan showing eDNA sampling locations. The color of the location indicates how many samples were taken.
本研究で使用した日本全国のサンプリング地点を示した地図。既存データベースに登録されていた地点と、大島アチュクバシュ博士らが新たに採取したサンプル採取地点が含まれる。
© 大島アチュクバシュ博士ほか

解析の結果、数千種に及ぶ魚類が検出され、そのうち126種は、従来の記録よりも北方で確認されました。この126種には、マルアジ(D. maruadsi)やアカハタ (E. fasciatus)といった商業的に重要な魚種に加え、藻場へ回復困難な被害をもたらす「磯焼け」の原因の一つと考えられているアイゴ (S. fuscescens)なども含まれていました。 

日本で蓄積されてきたDNA配列のデータベースが本研究の重要な基盤となったように、今後、DNAのデータがさらに充実すれば、この手法の価値も一層高まっていきます。また、大島アチュクバシュ博士らは、ある場所にDNAが存在するかどうかを調べるだけでなく、DNAがどのような過程で、なぜ特定の場所にたどり着き、ほかの場所には現れないのかを予測するモデルの構築も視野に入れています。こうした手法のさらなる発展を待たずとも、今回得られたデータや成果は、沿岸環境や水産業、そして日本の文化的遺産を守るための今後の政策づくりに、大きく貢献することが期待されています。 

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