社会的圧力が赤ちゃんクマノミの白い縦帯模様に影響
私たちは成長の過程で、周囲の環境や人間関係の影響を受けながら、自身のスタイルや振る舞いを変化させていきます。実は、こうした社会的影響がハマクマノミ(Amphiprion frenatus)の稚魚の外見にも影響を与えていることがわかってきました。沖縄科学技術大学院大学(OIST)による新たな研究は、ハマクマノミの稚魚が成長過程で白い縦帯の縞模様を失う仕組みに着目し、その現象を社会的要因と生物学的メカニズムの両面からアプローチし、明らかにしました。この研究では、通常の稚魚の白い縦帯の縞模様が消える現象を、年長の魚がいるかどうかにより、稚魚の白い縦帯の縞模様が消える速度がさらに促進され、どのように変化させるかを示しています。
学術誌『PLOS Biology』に掲載された本研究の筆頭著者、OIST海洋生態進化発生生物学ユニットのローリー・ミッチェル博士は次のように述べています。「本研究は、動物の色彩パターンが、予測が難しい環境条件に適応するために、成長の過程で柔軟に変化できるよう進化してきたことをより深く理解するのに役立ちます。魚の色彩パターンが一生の間にどのように、そしてなぜ形成され、変化していくのかについて、新たな洞察と理解をもたらすのです。」
共著者で、海洋生態進化発生生物学ユニットを率いる、ヴァンサン・ロデ教授は次のように補足します。「白い縦帯の縞模様のような色素沈着の特徴は、単純な視覚的マーカーとして扱われることが多いですが、実際には豊かな生物学的意味を秘めています。本研究は、生態学、進化生物学、ゲノム科学、発生生物学を総合的に組み合わせることで、単なる色彩パターンの記述を超えて、その実際の機能的意義を理解する道筋を示しています。」
ハマクマノミはなぜ白い縦帯の縞模様を失うのか?
多くの魚種には、厳格な社会階層が存在しています。ハマクマノミを含むクマノミ類の場合、通常、特定の宿主イソギンチャクには1組の繁殖ペアしか生息できず、稚魚は社会構造の中で従属的な役割を担います。これらの稚魚は、体長や色のパターンなどの視覚的な特徴によって、その従属性を示します。
「以前の研究で、私たちの研究グループは、クマノミ類が互いを認識するために縦帯の縞模様の数を数えることを明らかにしました。そして、この研究により、クマノミ類の特徴である白い縦帯の縞模様は、コミュニケーションに不可欠であることが分かっています」とミッチェル博士は話します。そして、「興味深いことに、クマノミ類約3分の1の種では、発育の初期段階ではより多くの白い縦帯の縞模様を持つように進化していますが、成長に伴い、成魚になるまでの比較的短期間で、その縞の一部を失ってしまいます。私たちは、この変化がどのように、そしてなぜ起こるのかを理解したいと思いました」とミッチェル博士は続けました。
これを調査するため、研究チームは、さまざまな環境に置かれたハマクマノミの幼魚を撮影するために水槽へカメラを設置しました。観察には、宿主イソギンチャクに成魚のペアがいる環境のほか、他の魚がいないイソギンチャクのみの環境、偽物のイソギンチャクがいる環境、さらにはイソギンチャク自体が存在しない環境も含まれていました。そして、驚くべきことに、この観察の結果、成魚の存在が稚魚の白い縦帯の縞模様の消失を速めることが明らかになりました。「これは、当初、非常に直感に反する結果でした。なぜなら、余分な白い縦帯の縞模様は、従属の意思表示に使用されることが知られていたからです」とミッチェル博士は強調しています。
研究チームは、この白い縦帯の縞模様の消失スピードの差が、ハマクマノミの複雑な社会階層に起因すると考えています。孵化したばかりのクマノミ類の仔魚は、発育初期に短期間外洋へ出ますが、稚魚へと成長し、最終的には自分の住処となるイソギンチャクを見つけなければなりません。もし、そのイソギンチャクがすでに成魚に占拠されている場合、これらの稚魚は、社会階層の最下位として成魚に受け入れられるまで、対立を避けるために成魚に対して自分たちが彼らの脅威ではないこと示すように振る舞う傾向にあります。しかし、彼らは永遠に最下位の地位にとどまるわけではありません。研究チームは、これらの稚魚がこの社会階層の中で成魚に受け入れられた後、次の稚魚がやってくる前に自分の地位を確立するために、2本ある白い縦帯の縞模様のうちの1本を失う可能性があることを示唆しています。
一方、空いているイソギンチャクにいる若い魚は、通りすがりの成魚に対して威嚇的な印象を与えないよう、より長く2本の白い縦帯の縞模様を保っている可能性があります。ミッチェル博士は、「これらの魚が白い縦帯の縞模様をゆっくりと失う正確な理由はまだ完全には明らかになっていませんが、基本的には”保険”のようなものだと考えています。もし略奪的な成魚がイソギンチャクに侵入した場合、若い魚が稚魚のような2本の白い縦帯の縞模様を持っていれば、イソギンチャクから追い出される可能性は低くなります」と推測しています。
プログラムされた細胞死が魚の模様を変える
研究チームは、環境的要因に加え、細胞レベルでのプロセスにも関心を持ちました。そして、白い縦帯の縞模様の白色を形作る細胞である虹色細胞に注目し、顕微鏡下でその細胞構造を調べました。その結果、細胞の集団死が起きていることが分かりました。「細胞は収縮し、細胞膜にはシワが寄り、細胞核は断片化します。これらの死んだ細胞は、新しい虹色細胞に置き換わることはありません。その代わりに、白い縦帯の縞模様は、クマノミ類の特徴的なオレンジ色の細胞へと置き換わるのです」とミッチェル博士は説明しています。
ほとんどの細胞経路に関する研究は、ヒトの組織や、よく知られたモデル生物を対象としており、クマノミ類のアポトーシス(プログラムされた細胞死)経路に関する情報は非常に限られています。しかし、魚の成長のさまざまな段階における遺伝子発現を解析したところ、ハマクマノミの白い縦帯の縞模様の消失する際、 caspase-3(カスパーゼ-3)といった細胞死に関与することが知られている遺伝子が強く発現していることが分かりました。また、成魚の有無によって、甲状腺ホルモンの産生に関連する遺伝子発現が変化しており、社会的認識と白い縦帯の縞模様の消失の間に、ホルモンを介した潜在的な関連があることが示唆されました。
適応性のある色パターンの進化の背後にあるもの
白い縦帯の縞模様の消失がどのように発達したかを理解するため、研究チームはこの形質の進化の歴史を再構築しました。「私たちの解析によると、異なる種における縦帯の縞模様の消失は、一つの共通の祖先にまでさかのぼるものではないことが分かりました。これらの種を結びつける主な共通点は社会的なものであり、彼らは比較的『小さなグループ』で生活しているという点です」とミッチェル博士は述べています。さらに、「この関連性はまだ完全には解明されていませんが、一種の防御メカニズムである可能性があります。大きなグループでは、社会階層の異なる個体間の体格差が小さいため、魚同士の争いが起きてもそれほど危険ではありません。しかし、大きな成魚と数匹の小さな下位個体の稚魚しかいない小さなグループでは、成魚によるたったひと噛みが稚魚にとって致命傷となる可能性があります」と続けています。
多様性の起源を探る
研究チームは、このような発達上の柔軟性(可塑性)がどのように進化してきたのかを調べることで、生物多様性の起源に対する新たな理解を得たいと考えています。ミッチェル博士は、次のように述べています。「私たちはこれまで、個々の寿命における変化に焦点を当ててきましたが、それらを引き起こす環境要因やゲノムのパターンは、進化のレベルではしばしば類似しています。長期的には、こうした適応的反応が、やがて種間の固定された差異(種特有の特徴)として進化する可能性があります。したがって、このような研究は、多様なサンゴ礁生態系の謎を解き明かすうえで、大きな手掛かりとなるでしょう。」
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