系統解析で再考を迫られるシロアリの進化

世界各地のシロアリの遺伝子を網羅的に比較することで、シロアリの進化についての新たな知見が得られました。

     シロアリは生態系の中で分解者として重要な役割を担っているにもかかわらず、研究対象として見落とされがちな生き物です。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の進化生物学者らは、この小さな昆虫の新たな系統樹を構築し、その進化の歴史について思いがけない発見をしました。

     研究チームはCurrent Biology誌において、シロアリの科及び亜科の関係を示す新たな系統樹を発表しました。本研究では、遺伝子の転写産物(RNA)の情報を網羅的に解析することにより、これまでよく分かっていなかったシロアリ科における亜科の間の系統関係が明らかになったのです。

 シロアリといえば家屋を食べる害虫という印象が強いですが、自然界におけるシロアリは、腸内の共生微生物の力を借りることで地球上に最も豊富に存在する炭水化物であるセルロースを餌とすることのできる貴重かつ重要な分解者です。シロアリは現在3,500種ほどが報告されており、大まかには二つのグループ:祖先的な下等シロアリと進化的により新しい高等シロアリに分類されています。私たちが普段目にする害虫としてのシロアリは下等シロアリに属します。しかし、実際にシロアリの種数の大半を占めるのはむしろ高等シロアリの方で、その生態は下等シロアリのような木材食に加え、土を食べる土壌食やさらには菌園と呼ばれる構造体を作ってキノコや細菌などの微生物を栽培して餌とする微生物栽培にまで多様化しています。 

 

(左から)トーマス・ブルギニョン准教授、シロアリの巣、アレシュ・ブチェク博士

 近年の研究結果から、下等シロアリから高等シロアリへと進化する過程で生じたこのような生態学的な変化には微生物との共生システムの進化が大きく関わっていると推測されています。具体的には、木材食である下等シロアリは腸内に細菌と原生生物を保有しているのに対し、高等シロアリでは原生生物が進化の過程で失われています。それゆえ、多くの高等シロアリは腸内細菌のみと共生関係を構築していますが、一部の高等シロアリはキノコ(菌類)や細菌を栽培することにより体外で共生関係を構築しています。このような生態がどのように進化したのかを知ることは、シロアリの進化のみならず、それに関わる生態系を理解する上でも極めて重要です。

シロアリの系統樹を再構築 

 生物の進化を研究する上で欠かせない技術が、系統樹の推定です。系統樹の樹形からそれぞれの進化イベントがどのような順番で生じたのかを推定することができ、進化機構を理解するための多くの情報を得ることができます。しかし、これまでの一般的な手法では1億5千万年と言われる長大なシロアリの進化の歴史を正しく推定することは容易ではありませんでした。そこで本研究では、多数の遺伝子配列を網羅的に取得する手法と従来の系統樹推定法を組み合わせることにより、各シロアリ種から最大4,065種類の遺伝子を比較して系統樹を構築するという、これまでにない大規模な遺伝情報を用いた高精度な進化系統樹を推定することに成功しました。この系統樹には、世界中の55種のシロアリが含まれており、すべての主要な系統(科や亜科)が網羅されています。 

 OIST進化ゲノミクスユニットの研究者であるアレシュ・ブチェック博士は、「これまで、シロアリの共生システムの進化は、腸内細菌と腸内原生生物→腸内細菌と微生物栽培→腸内細菌のみ、という順に進化してきたと考えられていました。これは、微生物栽培をするシロアリのグループが系統樹上で腸内原生生物を持つグループと腸内細菌のみを持つグループの中間に位置していたことによります。しかし、今回得られた系統樹においては、二つの高等シロアリのグループは系統樹上で並列に位置付けられるということが明らかになりました。」と説明します。 

 つまり、系統樹から読み解く解釈ではどちらが先に進化したのかわからないということになります。ただし、キノコ栽培をするシロアリの腸内にはその他の高等シロアリと同じ種類の細菌が見つかっていることもわかっています。これらの情報を統合すると、腸内共生細菌と腸内原生生物を持つグループから腸内共生細菌のみを持つグループへの進化が起こり、その後一部のグループがキノコや細菌などの微生物栽培をするように進化したというシナリオが考えられます。また、今回の研究により、菌園をつくるという特性の進化はシロアリ科において一度だけであり、その進化はシロアリ科の祖先の腸内から共生原生生物が失われて数百万年経ってから起こったということが明らかになったのです。

 

新たな系統樹では、スファエロシロアリ亜科はシロアリ科内のキノコシロアリ亜科の姉妹群として位置づけられました。 この二つの亜科は、シロアリ塚の内部で菌園をつくるという珍しい特徴をもちます。

 今回の研究は、シロアリの進化的背景の解明のみならず、その生態をより詳細に理解する上でも重要な知見であり、害虫防除や生態系工学の発展にも貢献するでしょう。OIST進化ゲノミクスユニットの次の目標は、菌園で細菌を栽培するスファエロシロアリをより詳細に調査することです。この亜科の系統的位置が明らかとなった今、チームは腸内細菌、そして複雑な菌園に存在する全ての生物について分析を進めています。 

広報・取材に関するお問い合わせ:media@oist.jp

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